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目にユーモア注ぐ 福田繁雄さん・木村恒久さん悼む

2009年1月17日11時50分

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 人の「目」は常にだまされたがっている。そして、夢を見たがっている。だから、白い膜の上を踊る光を「映画」と呼び、うっとりとする。そんな目の欲望に、笑いを宿したトリッキーな作風で応えたグラフィックデザイナーが2人、相次いで世を去った。ともに昭和ヒトけた生まれ、11日に76歳で亡くなった福田繁雄さんと、先月27日に80歳で亡くなった木村恒久さんだ。

 むろん、作風は異なる。

 明快な造形と構図、「だまし絵」的な機知に富む福田作品は、素直な驚きと遊び心でカラッとした笑いを誘った。男性の脚の輪郭が女性の脚にもなったり、万国旗が集まってモナリザを描いたり。

 対して、複数の写真を張り合わせて異なる世界を見せるフォトモンタージュの手法をとった木村作品は、ぐっと社会批評的、寓意(ぐうい)的で、ねっとりとした質感。羊が遺伝子操作をし、摩天楼が滝にのまれる。ニヤリとさせる笑いにはブラックな味わいもあった。

 「見て楽しむのに、とりたてて知識も教養もいらない」と語った福田さんの作品は、いつの時代も子供からお年寄りまでを楽しませた。

 一方、「矛盾こそ意味のある現象」と記した木村さんの作品は、作品集『キムラカメラ』(79年)が出たころからの、差異の戯れを愛し、レトロフューチャーといった逆説が踊った、ポストモダン時代とシンクロしたように思う。

 デザイン評論家の柏木博さんは「田中一光さんや永井一正さんら、戦後に登場し、グラフィックデザインの礎を築いた人たちは、みんな個性が強い。特に、福田さんと木村さんはそうでした」と話す。

 永井一正さん(79)は「戦中、戦後を生きた我々は、まだ認知度の低かったグラフィックデザインを通し、何かを訴えよう、という意識が強かった。高度成長期もその思いで進んだ。特に、社会を良くしなければという気持ちは強かった」と語る。木村さんの社会批評的な作品はそうした思いの反映といえるし、福田さんにも大砲の弾が発射口に戻る反戦ポスターがある。

 福田さんの長女で画家の美蘭さんは、父親の作品から「視覚伝達の魅力」を学んだという。そう、福田さんも木村さんも、視覚を通して何かを伝えるという道を、それぞれの手法で貫いたといえる。

 そのとき、戦後という時代の渇きと飢えを癒やすために目に注がれたのが、ユーモアや笑いだったのではないか。

 強烈な渇きと飢えに見舞われている、この21世紀。もう一度、人間味あふれる2人の作品にだまされ、夢を見てみるのもいい。(大西若人)

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