2009年10月1日16時10分
縄文人的とされてきた従来の復元(左)に対して、ゆがみを補正するとあごがかなりほっそりとした(右)=国立科学博物館提供
日本の旧石器時代の人骨の中で、唯一ほぼ完全に顔面が残っている港川1号の本来の顔だちが、これまでのイメージとは違うことが国立科学博物館のCTや画像解析技術を用いた研究で明らかになった。日本人の起源論に一石を投じることになりそうだ。
沖縄で1970年に発見された港川1号は、約2万年前の人骨。当初、骨をつなぎ復元した際の顔立ちは、顔が広く、あごが角張っていた。顔が低く横に広いのが縄文人の一般的な特徴とされることから、縄文人の祖先が南方から渡ってきた説の根拠とされてきた。
今回、国立科学博物館と沖縄県立博物館などが共同で港川1号の下あごを調査した。その結果、骨を接着剤でつなぐ際、右の下あごのつなぎ方がゆがんでいて、実際より横幅が11ミリ広く復元されていたことが判明した。ゆがみを取り除くと、顔立ちはかなりほっそりとした。下あごの特徴を数値化して比較すると、本土の縄文人の集団からはかなり離れた存在であることも明らかになった。
縄文人の成り立ちは、日本人の起源につながるとして関心を集めてきた。国立科学博物館の海部陽介研究主幹は「縄文人と似ているとの印象は薄くなった。縄文人の起源については単純な一元論ではなく、より広い視野から様々な可能性を検討することが必要だ」と語った。
東京都千代田区のシェーンバッハ・サボーで開催される日本人類学会大会で4日、発表される。(渡辺延志)