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「はしで主食とる地域=東アジア」 独・ボン大学の教授に聞く

2009年11月18日15時26分

写真:ツェルナー教授=東京都国分寺市ツェルナー教授=東京都国分寺市

 鳩山由紀夫首相が共同体を提唱し、東アジアへの関心が高まっている。だが、『東アジアの歴史』の著者で独ボン大学のラインハルト・ツェルナー教授は、「東アジアとは決して自明の概念ではない」と指摘する。「東アジア」とはどのような存在なのだろうか。韓国での講演会からの帰路、来日したツェルナー教授に聞いた。

 今年5月に日本語版が出た『東アジアの歴史』(明石書店)は大胆な試みに満ちた歴史書だ。古代や中世、近代といった時代区分を用いず、第1期から10期までの時代を設定した。

 例えば、第3期は「小国分立と東アジアの民族移動」の時代。邪馬台国から飛鳥時代に当たる221〜650年ごろで、中国では三国時代から南北朝を経て隋・唐へと至り、朝鮮では三国時代。第9期は「東アジアの解体」の時代で、「近代の始まり」とすることが多いアヘン戦争を契機とした1840年ごろから1895年。第10期は日清戦争を画期として「東アジアの内戦」の時代と分類した。

 「日本はいかに朝鮮や中国と違うかを描き出すのが、近代の国民国家の歴史学だった。その結果、日本史や韓国史など現在の国を枠組みとした歴史が描かれてきた。だが、これから必要なのは、彼らと私は何が共通なのかを見いだすことなのではないか」

 欧州は「キリスト教の文化圏」とされることが多いが、東アジアでは何を共通項と考えればいいのだろう。

 「文化の底流にあることは確かだが、仏教や儒教では、今日の東アジアは語れない。はしを使って主食をとる地域を、私は東アジアと考えます。水分の多い米を栽培する環境と文化、歴史を共有する地域で、ベトナムの北部までを含みます」

 『東アジアの歴史』では、可能な限り漢字を採用した。ベトナムで最初の歴史書を著したのはチャン朝の高官リー・ヴァン・フーではなく、陳朝大越の儒学者の黎文休(Le van Huu)と知れば、親近感がわいてくる。「東アジアの歴史は基本的に漢字で語られてきた。カタカナやハングル表記になって、共有する歴史の間に高い壁ができ、近代以前の歴史がわからなくなっている」

 「東アジア」という概念がどのようにして生まれたかも追った。「極東」は英仏中心の概念で、植民地だったインドや東南アジアまで含んでいた。「東アジア」はドイツで生まれた概念で、明治期にドイツに留学した地理学者が日本に持ち帰ったが、一般化したのは1970年代の半ばになってからという。

 グローバル化が進む一方、地域の共同体を模索する動きが世界各地で進んでいる。

 「隣接地域というだけでは共同体は成立しません。目指すのが経済的な利益だけなら共同体は不要です。共同体が目指すべきは信頼の育成。フランスが攻めてくるのではと心配するドイツ人は今はどこにもいません。未来のために共有できることは何かを見いだすことが、共同体の時代には大切です。民主主義でないからと中国を排除するといった考えは未来を志向しているとは思えない」

 東アジア共同体のために必要なのは何なのだろう。

 「精神面、認識面の戦後処理が終わっていない。日本の政治家は東アジアの共通の過去を重視しなかったし、今は話をしないほうがいい、と思ってきたのだろう。歴史を見つめることを通して欧州は共通の理想を掲げ、その上に共同体を構築した。なぜ共同体が必要なのかを東アジアも歴史の中に見いだすことが大切なのではありませんか」(渡辺延志)

    ◇

 Reinhard Erich Zöllner 1961年、南アフリカ生まれ。少年時代に始めた柔道で日本への関心を持ち、独キール大で歴史学とラテン語を学んだ後、上智大に留学。エルフルト大教授などを経て、08年から現職。ドイツ語の著作に『日本近現代史』『日本の暦』。『東アジアの歴史』は初の日本語訳(訳は妻の植原久美子さん)の単著。

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