2009年12月10日14時47分
牧阿佐美・新国立劇場バレエ部門芸術監督
行政刷新会議の「事業仕分け」で、新国立劇場の運営財団に事業委託する「日本芸術文化振興会」への予算が「圧倒的な縮減」と判定された。1997年のこけら落とし以来、同劇場の舞踊部門を率いてきた牧阿佐美さんは、判定に反発する。芸術と文化政策をどう考えるか。語ってもらった。
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事業仕分けの判定に、強い憤りを感じている。今やオペラやバレエは「輸入芸術」ではない。アジアを含め、世界各国が交流の礎にしようという認識を持ち始めた時代に、なぜ日本だけが逆の方向を向くのか。
文化の異なる人々との対等かつ多様な対話は、互いを認め合うところからしか生まれ得ない。身体ひとつで物語を伝えることができるバレエだからこそ、それができる。
「国から民間や地方へ」との論調が目立つが、バレエでは民間はすでに借金を重ね、十分に踏ん張ってきた。戦時中も配給のイワシをかじりつつ、ダンサーたちは誇りを捨てずに舞台に立った。公演はいつも満員。人として生きるために、誰もが心の豊かさを必要としていた。
子どもたちはオーケストラの生音で鍛えられ、新たな感性を育む。そうして育ったダンサーたちが、世界の一流の振付家に接することで芸術家として成長していく。バレエに夢を持つ者みなが借金を背負い、息切れしながら陳情を繰り返し、やっとできたのが新国立劇場だった。
欧州各国と同様、新国立劇場を積極的に政治外交の場に使ってもらいたい。「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」を日本人はこう感じ、こう表現するのだと。同じ芸術を見つめる姿勢は、損得だけでないより深い交渉をもたらしてくれるはずだ。
デビッド・ビントレー、ナチョ・デュアト、ローラン・プティら一流の振付家との人脈を育て、私たちは日本人の個性を再発見してきた。この秋、ロシアのボリショイ劇場で新国立劇場バレエ団の「椿姫」を上演したが、日本人の心の表現、繊細さに、多くのロシア人が心を動かしてくれた。バレエを通じた世界とのダイナミックな交流は始まったばかり。これを今、性急な議論で断ち切られるとすれば、無念でならない。(談)
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まき・あさみ 1934年生まれ。15歳でデビュー。米国留学から戻り56年、母の橘秋子と共に牧阿佐美バレエ団を設立、「ラ・シルフィード」「くるみ割り人形」など多くの古典を日本初演、新制作や海外公演も手がける。71年に牧阿佐美バレエ団主宰者、橘バレエ学校校長に。