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「古代の官庁街」国府の調査 活発に(1/2ページ)

2010年2月24日14時39分

写真:発掘が進む讃岐国府跡の推定地 発掘が進む讃岐国府跡の推定地

写真:武蔵国府跡出土の磚(れんが)。郡名が刻まれている(府中市教育委員会、府中市郷土の森博物館蔵)武蔵国府跡出土の磚(れんが)。郡名が刻まれている(府中市教育委員会、府中市郷土の森博物館蔵)

 皆さんの住む近くに「府中」や「国府」といった地名はないだろうか。実はこうした地名が残る場所の多くは、古代の国の政治の中心地だった国府があったところ。いわば大昔の官庁街だ。そんな国府やその中心施設である国庁、国衙(こくが)の調査が全国で進んでいる。

 香川県坂出市にある府中町本村。訪れた日、高台の一角では、遺構を探す作業が行われていた。発掘面積は約145平方メートル。手ガリや手トンガと言われる発掘道具が土を削るしゃりしゃりという音だけが響く。やがて土器片が見つかり、歓声があがった。

 旧讃岐(さぬき)国(現在の香川県)は、国府の場所がいまだにはっきりしていない国の一つだ。このため、香川県は「讃岐国府跡探索事業」と銘打って、今年度から4年計画で調査に乗り出した。

 「古い記録には、国府は、今は塔の跡だけが残る開法寺という寺の東にあったと書かれている。このへんは有力な候補地です」と、県埋蔵文化財センター文化財専門員の乗松真也さん。

 中心になるのは、「讃岐国府ミステリーハンター」と呼ばれる約30人のボランティアだ。職員の指導で、昨年6月から地元に残る地名や地形などの調査を実施してきた。

 文化財専門員の蔵本晋司さんは「なぜこの発掘をするのか、どうしてこの場所をこう掘るのかといったことを、ボランティアの人たちと考えながら調査している。自身も勉強になります」と話した。

 国府に関する調査は昭和の初めから行われてきた。発掘が盛んになったのは1960年代以降だ。宮城県の多賀城跡(陸奥国府跡)や、群馬県の上野国府跡などの調査を皮切りに全国へ広がった。

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