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自分で世界名づける感覚 18歳の詩人、文月悠光さん(1/2ページ)

2010年4月10日12時20分

写真:文月悠光(ふづきゆみ)さん文月悠光(ふづきゆみ)さん

 18歳の詩人、文月悠光(ふづきゆみ)さんの第一詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)が注目されている。2月に中原中也賞、3月には丸山豊記念現代詩賞に決まり、受賞は逸したがH氏賞の候補にもなった。

 札幌で暮らした14歳から17歳までの詩が24編。言葉で立つ決意が詩句にみなぎる。

 〈私は果実。/まだ青いこの身をもてあまして/星図の中心に立つ。〉

 〈産声を生む/ただそれだけのために/私は私を孕(はら)まなくてはならないのだ。〉

 〈日常とロンドのはざまで、/ことばとなって喘(あえ)いでいたい。〉

 〈されば、私は学校帰りに/月までとばなくてはならない。〉

 高校生が日常生活をみずみずしい感性で……そんな凡庸な形容ではくくれない、真摯(しんし)な言葉がある。一人の少女、というより女性の成長が、あざやかな物語を織りなす。

 詩にめざめたのは小学4年の時。「生活のなかで感じたことや疑問を詩にすると、自分の言葉で世界を名づけるような感覚がありました」

 中学2年の時から「現代詩手帖(てちょう)」に投稿し、高校2年で現代詩手帖賞に。受賞の際のこんな言葉が印象的だ。

 〈ことば以外に居場所が見つからない……投稿欄は、本当の意味での“学校”であり、投稿(“登校”)とは全力で呼吸し、書く行為でした〉

 個人詩誌「月光」を出し、ブログのタイトルは「お月さまになりたい」。夜ごと、月に祈る。「幼い時から月の光に勇気づけられてきました。私の詩も月の光のように、読み手の心を照らせたら」

 そんな少女が「おとこ」という怖い詩を書く。ニンジンを彼と呼んで包丁で切り、鍋で煮る間の心象を、エロスとユーモアをまじえてつづる。

 〈ふつふつと熱を抱く鍋の音を聞き、/今度こそ微笑する。/私にマンマと食われてしまう、/ただそれだけのことが/快いなんて/彼もまた、おとこなのだ。〉

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