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美術家・秋山祐徳太子 追憶の風景 新富町(東京)(1/2ページ)

2010年5月18日14時45分

写真:秋山祐徳太子さん=山本裕之撮影拡大秋山祐徳太子さん=山本裕之撮影

 4歳から高校1年まで暮らした街です。僕が生まれてまもなく父と兄が病気で亡くなり、おふくろはおしるこ屋「千代」を始めた。江戸っ子でね。ヤクザが来てもたんか切って追い返しちゃうし、戦時中は特高にマークされている学生の本も預かっていた。僕がいじめられて帰ると、「負けるんじゃない」ってもう一度送り出されてね。

 戦前から戦後まもなくまでの新富町は、のどかで粋な花街。待合や置屋があって、横丁に流れる三味線の音色が何とも色っぽくて。おふくろの店には芸者衆がよく来た。彼女たちはまさに「動くポップ・アート」。女湯に一緒に入るとか可愛がられたよ。成り金のだんな衆が闊歩(かっぽ)して、幇間(ほうかん)のおじさんも来た。人情と風情のある街だった。

 ブリキ屋では、職人さんの手さばきを一日中、飽かず眺めた。動くポップ・アートに職人魂。後々の僕の行動芸術「ダリコ」(グリコの看板をもじって、ランニングと短パン姿で街を疾走)も、ブリキの彫刻も、ここから始まったんだね。

 隅田川が特に好きだった。佃島に渡るポンポン蒸気船はタダだから、何度も行ったり来たり。操縦が難しいんだ。水の流れを読んでくーっとカーブして渡る。船頭のおやじさんがうまく決めると「よっ!」なんて声をかけてね。かっこよくてほれぼれした。

 水上生活をする人の子どもたちもいて、一緒に石炭船や糞尿(ふんにょう)船に乗った。水面すれすれに物資を積んで、ポンポン船に引かれていく。運河から隅田川に出て、視界がひらけた時の美しさ。糞尿船は東京湾のまん中くらいで“黄金”を流す。近くに船が来ると中断。通り過ぎる船から返礼の汽笛が鳴る。これぞ礼節。感動的な場面だった。

 粋でいなせで、礼節のある街。そしてど根性のおふくろとの、日本最強の母子家庭。僕の生き方も芸術活動も、原点にはこの街がある。

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