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文部省と外務省、朝鮮文化財返還で対立 外交文書で判明(1/2ページ)

2010年6月13日11時23分

写真:公開された日韓会談の外交文書。「極秘」の文字が目を引き、墨の塗られた部分も多い公開された日韓会談の外交文書。「極秘」の文字が目を引き、墨の塗られた部分も多い

 植民地支配期に日本に渡った朝鮮の文化財をめぐり、日韓条約(1965年締結)の交渉過程(日韓会談)で日本政府内部に意見対立のあったことが、公開された外交文書の研究から明らかになった。韓国の返還要求に対し、交渉促進のために応じたい外務省と、拒否する文部省(当時)という構図だった。返還を求める動きは現在も続くが、何が未解決なのか、問題のありかが浮かび上がってくる。

 日韓会談の外交文書は韓国で2005年に公開された。それを受けて日本で公開を求める運動がおこり、06〜08年に6万ページ近くが開示された。研究は国民大(ソウル)の柳美那・研究教授(朝鮮近代史)がまとめた。

 会談は1952年に始まり第7次にまで及んで妥結。韓国文化財庁によると1432点の文化財が引き渡された。

 交渉は難航した。「奪取あるいは韓国の意志に反し持って行った」ものを韓国は「流出文化財」と規定し返還を要求。日本は第3次会談で「正当な手段で取得したもの」だとして、返還義務はないとの見解を表明した。第4次会談で「韓国独立を祝う寄贈」として106点を引き渡したが、「価値が高いとはいえない」と歓迎されなかった。64年からの第7次会談でまず経済協力分野の交渉が妥結したのを受け、ようやく文化財交渉もまとまった。

 公開文書は、こうした交渉の背景を記録していた。

 たとえば、第2次会談まで日本は態度を留保していたが、この間に外務省は文部省の意向を尋ねていた。「(文化財の)返還は避けたい」が文部省の基本姿勢で、「日本にある方が一層安全だ」などを理由としていた。

 第5次会談での決着を目指し外務省は説得したが、文部省の姿勢は変わらなかった。国内に朝鮮の文化財はほとんどない、重要文化財の指定を受けていると法律を改正しないと返還できない、などと主張する文部省の態度について、「返還したくない口実に過ぎない」と外務省内部の打ち合わせで指摘されていたことも分かった。

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