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2011年12月29日10時59分
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新しい日常、萌え始めた 2011年を振り返る

図:  拡大  

 思い出すのは乗客のまばらな深夜の地下鉄だ。突然奇怪な想念に取りつかれた――今起こっているすべては夢なんじゃないのか。

 3・11から3日目、福島第一原発の3号機が爆発する前日だった。

 原子炉の中は想像でしか語られず、確かな現実は事態の悪化だけ。こんな日常は一度もなかった。SFかファンタジー以外には。

 今にして思えば、悪夢は少なからぬ人を包んでいたのかもしれない。

 『恋する原発』の著者高橋源一郎は、この国に「風の谷のナウシカ」の「腐海」を見た。ネット住民は、夏の節電要請を「新世紀エヴァンゲリオン」に擬して〈ヤシマ作戦〉と呼んだ。

 ニッポンは腕をもがれた半ば機械の巨人だった。傷口からは放射能や情報や映像がドボドボ漏れた。

 戦災を体験した作家古井由吉によると、66年前の東京の焼け跡より残骸が多い。それは震災前の東北のほうが〈はるかに高度な文明の、技術の、経済の水準にあったことのしるし〉だった。

 切断された「日常」を、ゼロから再構築できるのか。毒を吐く火竜のような原発と戦いながら。

 途方もない痛み……

 「たのしいなかまが ポポポポ〜ン」

 何の解決策にもなっていないけれど、際限なく流れたあの生ぬるいリフレイン群は、悪夢をしばし忘れさせた。ニッポンの今、現実だった。

 こうして、新しい日常がどんより萌(も)え始めた。

 遠くで火竜がほえている。

■響いた素朴な言葉 

 詩や歌が被災地から生まれ、被災地に集まった。

 福島在住の詩人和合亮一はツイッターで「詩の礫(つぶて)」を投げ続けた。「明けない夜は無いのです」「あなたはどこに居ますか」。詩人自身が、それを「未熟な言葉」と呼ぶ。だが、素朴で生な言葉こそが、多くの人の感情を積載できる。

 ユーチューブでは、斉藤和義が自作の「ずっと好きだった」をもじって「ずっとウソだったんだぜ〜」と歌い、原発安全神話の欺瞞(ぎまん)を撃った。幅広い共感を得たが、歌手仲間から「歌を道具にするのか」という批判も出た。

 和合の「礫」や斉藤の替え歌は、詩や歌の芸術性のいく分かを削っている。けれど、人から人へ思いを届ける器としては欠けるところがない。詩や歌の神様は叱るかもしれないが、今、その声を聞く人は絶対的に少ない。津波を畏(おそ)れるうたは広がらない。

■「絆」はビジネス潮流に

 今年の漢字「絆」。元々は動物をつなぐ縄。束縛。人同士で価値を支え合う時代になっていい意味に転じ、今では新ビジネスの一大潮流だ。

 「スマホでモバゲー」で好調のゲーム運営会社DeNA。ここの人気ソーシャルゲーム「ガンダムロワイヤル」では、戦友とつながると「絆」が貯(た)まる。貯まった「絆」を使うと先へ進める。進むと強力な装備が買いたくなる。「モバコイン」という名の現実のお金で。

 いや、たかがゲームだ。

 けれど、人と人とのつながりをコントロールし、架空の武器や防具やアイテムを売って、DeNAは今年、球団を一個買った。

 「スマホ」の生みの親、スティーブ・ジョブズもまた「絆」の支配者だった。ベストセラーとなった伝記は、カリスマが「現実歪曲(わいきょく)フィールド」に周囲を引き込み無理を通す逸話の連続。北の総書記はどうだったのだろうか。

■戦時中とは違った「無常」

 2万人以上の死者を出した明治三陸大津波(1896年)の被災地を、25年後に訪れた民俗学者柳田国男は「疵(きず)は既に全く癒えて居る」と『雪国の春』で記した。家も船もエコ素材。残骸は少なく原発はない。何より人と自然とが近かった。

 『方丈記』の著者、鴨長明が最後の隠棲(いんせい)を始めた鎌倉初期はもっと近接していただろう。『方丈記』には天の気まぐれに翻弄(ほんろう)されるのが当たり前の時代の人生哲学、「無常観」がちりばめられていて、3・11後、にわかに売れた。

 同じ「無常」でも、戦時中の1942年に発表された小林秀雄の随筆「無常といふ事」の構えはどこか違う。生きている人間の何をしでかすか分からない「動物的状態」を小林は「無常」と呼ぶ。

 随筆の冒頭、鎌倉初期の法語『一言芳談抄』の一節が掲げられている。比叡山を散策していた筆者の心に、突然「絵巻物の残欠でも見る様」に浮かんだ文章だという。

 前半を意訳してみる。

 比叡山の十禅師権現の前で、巫女(みこ)のコスプレをしたギャルが、真夜中に鼓をポンポン打ちながら「どうでもいいのよ、ねえねえ」と、澄んだ声で歌っていた……

 動じない、美しい形になった過去の思い出が「僕等(ぼくら)を一種の動物である事から救ふ」と小林は書いている。

 さよなライオン、2011年。キミのこと、いつかちゃんと思い出せるかな。(編集委員・鈴木繁)

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