現在位置:
  1. asahi.com
  2. ニュース
  3. 文化
  4. トピックス
  5. 記事
2012年1月6日10時11分
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

〈想・記・伝〉頼れる記録の器求めて

写真:〈集積〉東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館は、6万3千本の映画フィルムをアルミ缶に入れて所蔵している。室温5度、湿度40%という空調管理のもと、フィルムは化学変化を抑えられ、400年保管することも可能という。ここ10年でフィルム所蔵数は倍増。昨年、26万本を保管できる保存棟を新設した。写真・伊奈英次拡大〈集積〉東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館は、6万3千本の映画フィルムをアルミ缶に入れて所蔵している。室温5度、湿度40%という空調管理のもと、フィルムは化学変化を抑えられ、400年保管することも可能という。ここ10年でフィルム所蔵数は倍増。昨年、26万本を保管できる保存棟を新設した。写真・伊奈英次

 ドイツ中部、ワイマール。人口6万人余りの町に2004年のある夜、紅蓮(ぐれん)の炎があがった。出火元は世界遺産の「アンナ・アマリア図書館」。館名に名を残す18世紀の公爵夫人が中心となって集めた100万冊の蔵書のうち、天文学者コペルニクスの希少本など5万冊が焼失した。焼け跡から集めた2万8千冊は、燃え残ったページを新たな紙にすき直したり、和紙で補修したりして、復元が進んでいる。

■つきまとう「はかなさ」

 底冷えの厳しい英国・ケンブリッジ大。考古学人類学博物館の事務室では、女性スタッフが静かにパソコンで作業していた。3年前に始めた、消滅危機にある民族の口承文化を保存するプロジェクト。世界各地のフィールドワーカーから次々と届く、音声や映像の電子データを体系的に保存し、ウェブサイトで公開している。

 かつての文化人類学は、少数民族の居住地に直接赴き、フィルムやテープで「文化」を記録した。集めた貴重かつ膨大な資料は整理がつかず、引き出しにしまわれたまま忘れ去られたこともあった。

 「文化の消失は民族のアイデンティティーがなくなること。デジタル技術は文化を救う我々の仕事を後押しした」。同大のアラン・マクファーレン教授は言う。以前と比べ、記録収集のペースは倍以上となり、10年後には100を超す文化の保存を目指す。当の民族が閲覧して、次世代への継承に役立ててもらえるようにもなった。

 アマリア図書館の例をひくまでもなく、火災は、記録手段として信頼を置いてきた書物やフィルムといった「器」のはかなさを痛感させる。ユネスコの報告では、20世紀に災害や戦争の難にあった図書館は世界で100を超えた。そんななか、近年、急激に技術革新が進んだのが、ウェブとデジタル化による記録保存だ。

 95年の阪神大震災直後、森ビルの都市工学研究者グループが神戸入りし、カメラによる画像とGPSによる位置情報を同期させて、9時間にわたる被災地情報を集めた。壊れなかった建物、避難所での食事、粉じん防止のマスク。膨大なデータに、異常時の日常が記録されていた。いま、当時の様子を再現するバーチャルリアリティーなどの研究に使われている。

 資料を収集している時点では、何を残すべきか分からない「博物館のパラドックス」という言葉がある。東京大の廣瀬通孝(みちたか)教授は「全てとっておけるデジタルならパラドックスが解消される。重要でないから、と記録されなかったようなささいな事柄があとになって輝くことも多い」と話す。

 国立情報学研究所の高野明彦教授が06年につくった検索システム「想(そう)」。一つの単語から連想的に思考を発展させる人間の発想法に似た検索の仕方で、個々の記録を結びつける。参照できる記録のデータベースは、開始当時の7から現在18に増え、国内の文化財や古本、美術館など様々なデータベースを、あちこち渡り歩ける。

 例えば検索窓で「壺(つぼ)」と打ち込むと、文化財や関連本、収蔵美術館のデータが次々と画面に現れる。「世界には集めただけで放置されている記録がたくさんある。記録を組み合わせると思いがけない物と巡り合える。それが本物へ興味を持つきっかけになればいい」と高野教授は語る。

 一方で、デジタルの記録にも、存在の不安定さがつきまとう。

 「いま、フィルムの方が長期保管に優れているんじゃないかという、回帰的な主張が出てきているんですよ」。6万3千本の映画フィルムを保存している東京国立近代美術館フィルムセンターの栩木(とちぎ)章主任研究員は言う。倉庫にはフィルム基材が空気中の水分と反応して放つ酢酸ガスのすえたにおい。「器」の存在感を主張する。

 「デジタルデータは、再生装置やファイル形式がすぐに移り変わり、前のものが上映できなくなったり、突然消えたりする可能性がある。データは本物のバックアップにすぎない」

 紙やフィルムをスキャンしたり、撮影したり、デジタルデータに変換する作業が各地のアーカイブで進む。アマリア図書館も火事を教訓に電子化の作業を進めるが、それで事足れりとはいかず、オリジナル資料の修復や本の再調達にも熱心に取り組んでいる。

 「装丁やレイアウトにも、作者や所有者の記憶がとどめられているから」と担当者。記録の最適解はまだ、見えない。(木村尚貴)

PR情報
検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内 事業・サービス紹介