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2012年1月13日10時21分
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画家と恋人の特別な物語 岸真理子・モリア「クートラスの思い出」

写真:カルト作品を並べた『クートラスの思い出』の表紙拡大カルト作品を並べた『クートラスの思い出』の表紙〈岸真理子・モリア『クートラスの思い出』を検索〉

 現代のユトリロと言われたフランスの画家ロベール・クートラス(1930〜85)が日本で再評価されている。画家の最後の恋人で本人から遺産の管理を託された岸真理子・モリアが、昨年11月に『クートラスの思い出』(リトルモア)を刊行した。一昨年には作品集が出版され、09年から毎年展覧会も開かれている。フランスから一時帰国した岸にきいた。

 クートラスは油絵や陶器など多くの作品を残した。なかでも、縦12センチ横6センチの紙に描いたカルトと呼ぶ作品は6千枚にもなる。一枚一枚に物語性が感じられ、描かれた人物や動物が語り出すような、見る者の想像力を刺激する魅力にあふれている。作家の堀江敏幸は「闇の奥から、陽気に救いを求める声が聞こえる」といい、高く評価している。

 クートラスは子供の頃、学校の人気者だった。終わりのない物語を際限なく話していたらしい。「カルトはそんな世界かもしれない」と岸は書く。

 『クートラスの思い出』は、遺言で作品の管理を任された時「彼から聞いた話を、とにかく残そう」とフランス語で書き起こした記録が元になっている。記憶でつづられた断章はみずみずしく、語りかけてくるようだ。「映像を見るように彼の話を聞いたので、映像のように覚えていたのだと思う」という。

 クートラスはパリに生まれ、すぐに両親が離婚。浮気性の母は気まぐれな美男と再婚、アルザスやリヨンなどを転々とする。アーティストになることを両親に反対され、10代で2度の自殺未遂。工員として働きながら美術学校に通い、様々な賞を受ける。画廊と契約するが“商品”の量産を迫られ契約を解除した。

 「もっと早く」という言葉ほど「クートラスが嫌いだったものはない」。根っからの芸術家だった。だが、30過ぎにして住所不定の極貧生活へ。母が死亡した際に連絡も受けられなかったことを一生後悔した。画材代にも事欠き、ボール紙に描き始めたのがカルトだ。

 77年、クートラス47歳の時に日本の画廊のパリ支店に勤める岸と出会う。画家を目指していた岸は彼の絵を見て「ここに自分が描きたい世界がある」と思った。10代で父を亡くした岸と、ずっと独りで生きてきた画家の孤独が共鳴、同居を始める。だが、体調に不安のあったクートラスは「僕はお前を愛していない。それに僕は一人で死ぬんだ」と言い続けた。

 堀江は本書に文章を寄せ、岸をクートラスの「最後のカルト」といい、二人は互いに互いの作品の一部をなしていたと書いた。本書は評伝であり、芸術家論・芸術論でもあり、特別な愛の物語なのだ。(吉村千彰)

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