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2012年6月8日10時7分
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三木卓『K』 不可解で、たぶん愛しかった妻

写真:三木卓さん拡大三木卓さん

 作家で詩人の三木卓が、妻を亡くし「47年間の夫婦生活という痛切な体験を考えてみる必要がある」と思い立って書いた『K(ケイ)』(講談社)が刊行された。「実名でありのまま書いた。うそのない私小説」という。

 「K」とは妻で詩人の福井桂子のこと。同棲(どうせい)から互いに25歳で結婚。貧乏生活が続いたが、詩人として認められ小説を書き始めた夫に、妻は自宅とは別に仕事場を用意してくれた。そのかいあってか、38歳で芥川賞を受賞する。

 本当は妻は〈一人でいるのが、好き〉だった。一人娘とはべったり。夫は不在を歓迎され、ほとんど別居状態に。59歳で心筋梗塞(こうそく)の発作を起こし一命を取り留めた夫に、妻は〈家に帰ってきてほしくないの〉と言う。夫は〈ぼくは絶対に帰るまい〉と決意する。

 「呪いがかかりますから、こんなことを言った人は、取り消さなくてはいけないですよ」。世のカップルへのアドバイス。

 変わってはいるだろう。だが、尊重し合ったり馬鹿にしあったり、一筋縄ではいかないのが夫婦。その真実をまざまざと描く。

 書くことは生々しく体験し直すことだ。執筆中に5キロ痩せた。「つい感情が崩れてしまう。文体を創るまでが大変だった。登場人物に存在権を付与するのが作者の仕事。存在感ではなく、客観的にそこにいることを主張させること。Kは一番厳しい対象だった。集大成というか、二度と書けない特別限定版」

 腸チフス、小児麻痺(まひ)、ジフテリアと大病続きだった幼年期。ソ連侵攻後に満州から引き揚げた苦労。娘が破傷風を発症した事実を元にした『震える舌』では死の恐怖に翻弄(ほんろう)される夫婦を書いた。「心筋梗塞で手術をした時、5年持てばいい、Kより先に死ぬと思っていた。でも、面倒をみることができて良かった」

 がんが見つかった時には転移が進んでいた福井は、4年10カ月の闘病ののち72歳で死去。『福井桂子全詩集』が残された。

 「どんな詩人がそばにいたのかを知りたい、それが執筆の課題だった」。書いてわかった。〈ぼくには、この人がよくわからなかった〉が、「僕はたぶんこの人が好きだったんだろう」。福井が読めばどうか。「自分を理解していないと言われるでしょう。僕のことをどう思っていたかもわからない。人間は分かるもんじゃないです」(吉村千彰)

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