現在位置:
  1. 朝日新聞デジタル
  2. ニュース
  3. 文化
  4. トピックス
  5. 記事
2012年6月9日10時58分
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

「近代洋画の開拓者 高橋由一」展

写真:高橋由一「桜花図」(1879〜80年ごろ、金刀比羅宮蔵)拡大高橋由一「桜花図」(1879〜80年ごろ、金刀比羅宮蔵)

写真:高橋由一「鮭」(1877年ごろ、重要文化財、東京芸術大学蔵)拡大高橋由一「鮭」(1877年ごろ、重要文化財、東京芸術大学蔵)

■評:不器用さに感じる魅力

 幕末明治の洋画の先駆者、高橋由一(ゆいち)(1828〜94)といえば、ともに東京芸術大所蔵で重要文化財の「花魁(おいらん)」(72年)や「鮭(さけ)」(77年ごろ)が、つとに有名。特に壁に掛かる鮭を描いた後者は、赤い肉や鈍い光をはらむうろこ、荒縄の質感までがとてもリアルだ。

 しかし、国内では18年ぶり、東京都内では初とされる本格的な大回顧展を見ると、すべてがこれほど巧みに描かれているわけではないことに気づく。

 例えば「桜花図」(79〜80年ごろ、金刀比羅宮蔵)。木目や汚れまで克明な手桶(ておけ)の質感は見事だが、花は絵の具を塗りたくり、むしろ牡丹(ぼたん)。とても桜のはかなさではない。モノの質感表現に優れる油絵の特質を生かした由一だが、硬いものや毛羽立つものは得意でも、紙や布、花はいま一歩と見える。

 そして、この空間。桶は草の上にしっくり収まるどころか、浮き上がっていかにも居心地が悪い。他の風景画を見ても、遠景、近景の層を重ねるような構図は、浮世絵などに近い。西洋絵画のもう一つの特質である画面が一体となった奥行き表現には至っていない。そもそも、関心があったのかどうか。

 有名な「山形市街図」(81〜82年ごろ)は一点透視図法で描かれているが、これは写真という平面のモノを絵画に描き直したもの。「鮭」の突出した完成度も、最も得意な質感を持ち、しかも壁に掛けられた奥行きのない対象だったからだろう。

 一方で、東北風景を描いた石版画群の下絵などを見ると、線描はなかなか巧みだ。ここにも、日本的、東洋的な絵画の体質がうかがえる。66年の人生のうち40年は江戸時代だったのだから無理もないのだろう。

 でも、由一の意味が減じることはない。体質に必ずしも合わない異文化に挑み、部分的ではあれ吸収したがゆえの不器用さは、むしろ力強く、魅力的だ。

 武家に生まれながら、西洋の石版画のリアルさに驚き、横浜で油絵の師となる英国人を探し出し、画塾も開き、美術館まで建てようとした由一。見えない“洋画家養成ギプス”をまとって、油絵定着のために幕末維新を駆け抜けたのだ。大河ドラマにでもしたいその人生を思いつつ作品群を見ると、胸が熱くなる。(編集委員・大西若人)

 ▽24日まで、東京・上野公園の東京芸術大学大学美術館。月曜休館。7月に山形美術館、9月に京都国立近代美術館へ。

PR情報
検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内 事業・サービス紹介