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2012年6月15日10時25分
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〈時の回廊〉大城立裕「カクテル・パーティー」 40年経て続く差別(1/2ページ)

写真:大城立裕さん=藤本彦さん撮影拡大大城立裕さん=藤本彦さん撮影

 本土復帰前の1967年、『カクテル・パーティー』(岩波現代文庫)で沖縄初の芥川賞作家となった。「沖縄人(ウチナーンチュ)が書いた作品が全国レベルで日本文学として評価されることはないだろう」。沖縄で長く流布されていたそんな言説を覆しての受賞だった。復帰から40年。沖縄の文化芸能は本土でブームを巻き起こし、生活水準も「本土並み」に近づいた。ヤマト世(ゆー)への移り変わりは作家の目にどう映ったのか。

 昨年、この作品が文庫化され、今また「戦争×(と)文学」シリーズの『オキナワ 終わらぬ戦争』(集英社)にも収められたわけですが、各方面から「少しも古くなっていない」といったありがたい言葉を頂いています。でも考えてみると、それは私の手柄と言うより、沖縄が依然として苦労しているお陰で私がほめられているようなもので、恐縮至極という感じがしています。

    ◇

 米兵による少女暴行事件を描いた「カクテル・パーティー」にはいくつかのテーマがありますが、その一つは「治外法権」です。

 この小説を書き始めたのは65年ですが、私は50年代には復帰にそれほど夢を持っていなかった。日本の国会議員団が沖縄を訪れれば学童が日の丸を手に総出で出迎え、米国のニクソン副大統領が来れば、また学童が総出で出迎える。そんな光景を目の当たりにして「何と物欲しげな。頭のいい子なら、自分自身が何であるか、混乱するに違いない」と地元紙に書いたら、学校の先生たちに「復帰への熱意を理解していない」と批判されました。

 これを新聞に書いたのは、サンフランシスコ講和条約で沖縄が日本から切り離された翌年ですが、「第2の琉球処分」と称してよい米国への施政権引き渡しを体験したわれわれが、復帰運動を進めながらも「復帰は必ずしも沖縄に幸せをもたらすものではないかもしれない」と疑うようになったとしても不思議ではないでしょう。

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