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2012年6月16日10時42分
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油彩と格闘する日本 「異物」のみ込み独自の筆致に

写真:白髪一雄「屋島」(1965年、静岡県立美術館蔵)拡大白髪一雄「屋島」(1965年、静岡県立美術館蔵)

写真:司馬江漢「円窓唐美人図」(1789〜1801年、府中市美術館蔵)拡大司馬江漢「円窓唐美人図」(1789〜1801年、府中市美術館蔵)

写真:高橋由一「花魁」(1872年、重要文化財、東京芸術大蔵)拡大高橋由一「花魁」(1872年、重要文化財、東京芸術大蔵)

写真:おぐち「角」(2012年)拡大おぐち「角」(2012年)

 日本人は、なぜ西欧生まれの油彩画を描き続けてきたのか――。そんな壮大なテーマを探る「日本油彩画200年 西欧への挑戦」展が7月22日まで、静岡県立美術館で開かれている。一方、最先端の油彩画を扱う展覧会も開催中で、先人たちの格闘を経て、どこに至ったかを確認できる。

 「日本油彩画200年」という堂々たるタイトルを掲げたのは、江戸期の司馬江漢からの歩みを、館蔵品に他館の所蔵品を加えた96点でたどっているからだ。

 陰影による立体感や遠近法を駆使しながら、しかし今見るとどこか奇妙な江漢らに始まり、本場で油彩画を学んだ明治期の五姓田義松や黒田清輝、印象派やフォービスムなどの新潮流を採り入れた大正から昭和初期の安井曽太郎や萬鉄五郎を経て、戦後作品までを紹介している。

 泰井(たいい)良・同館上席学芸員は「油彩画は日本の湿潤な風土を描くのに不向きだ、西欧の油彩画を吸収し切れなかった、と言われながら今なお描かれていることに関心を持った」と話す。

 例えば太田喜二郎は大正期に、京都の大原女を欧州仕込みの点描技法で描いているが、どこかぎこちない。こうした例は枚挙にいとまがないのだ。

 展示を通して、泰井上席学芸員は「油彩画は日本人には異物だったのかもしれないが、排除できない異物を体内で消化、同化しようとするような葛藤を経て、日本の固有の文化になったのではないか」と指摘する。

 その例に、佐伯祐三と岸田劉生を挙げる。佐伯はパリの街角という本場の題材を描きながら、奥行き感が希薄で、書を思わせる筆致を重ねている。岸田の静物画は、北方ルネサンスに傾倒した人らしい細密表現を見せつつ、背景はあっさりしているというのだ。「表現が変わっても、日本の油彩画には簡潔性、明瞭性、余白といった特質があるように思う」

 あるいは、一気に長い筆跡を走らせるような表現も、大正から昭和初期の川村清雄「波」にも、欧米の抽象画と並ぶ評価を得た白髪一雄の「屋島」(1965年)にも、時代を超え現れている。

 ただし、展示の最後を飾る白髪は、抽象画を足で描いてきた。消化・同化を超えて本家と太刀打ちするには、足を使うほかなかったのかもしれない、と思うと、ほろ苦さも味わう。

■アニメ的世界に趣

 現在に至るまで、写実的なものから抽象的なものまで油彩画は描かれ続けている。最新動向の一端と出あえる場として東京・元麻布のカイカイキキ・ギャラリーで6月21日まで開かれている「日本の悪夢は世界の未来」展が挙げられる。

 おたくと現代美術を融合させ、西欧の現代美術界での普遍性を目指す美術家の村上隆さんの企画で、アニメのようなイラストと絵画の境界を思わせる6人を紹介している。

 このうち、ともに大学では油絵専攻の20代のおぐちとNaBaBaが油彩画を出品。アニメ的世界を、油彩画らしい筆致や立体感で描いていて新鮮だ。

 同時に、東京芸術大学大学美術館で24日まで開かれている高橋由一展に出ている重要文化財「花魁(おいらん)」(1872年)を思い出す。幕末・明治の油彩画の先駆者が描いたこの1枚には、浮世絵の美人画と通じるような趣があるのだ。

 いったん2次元化された図像や視覚を経て、油彩画にするというのも、日本の固有性か、と考えさせられる。

 今もなお、日本の油彩画は問いを放ち続けているのだ。(編集委員・大西若人)

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