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2012年6月21日10時34分
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〈甲乙閑話〉道徳を熟議する意味

 「ハーバード白熱教室」で知られる米国の政治哲学者マイケル・サンデル氏の新著『それをお金で買いますか 市場主義の限界』(5月刊行)を読んだ。

 この本は、具体的な社会問題や日常生活の課題の紹介と問いであふれている。例えば、ある病院は予約が常にいっぱいで、すぐ受診できる「権利」をダフ屋が売り始めた。よい行為なのか。例えば、結婚式の感動的なスピーチが実は業者から文面を買ったものだった。どう思うか。

 「嫌だ」。「別にいい」。読み手は道徳的な感覚に照らしながら読み進める。普段は意識しない自らの線引きが見えてくる。

 他人と道徳観をぶつけ合うのは難しいのではないか。先月、氏に取材する機会を得た私が何度もこう聞くと、彼はこうした事例を「家庭や学校、職場などでどんどん議論すべきだ」と答えた。政策の是非に限らぬ「価値を議論すること」を強調した。

 自分の道徳的な感覚を知り、鍛えることまでをサンデル氏は熟議に求める。実例主義は熟議の疑似経験のためとも読める。

 何かと「決められる政治」が注目を集め、熟議の意味は忘れられがちだ。熟議なき社会の果てが「市場が我々の代わりに答えを出すだけ」というのが、サンデル氏の診断だ。それが、なぜ氏が懸念するように悪いのか、熟議の余地はあるかもしれないが。(高久潤)

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