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2012年6月23日10時35分
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〈自作再見〉流政之「雲の砦」 永遠に変わらぬ平和を表現

写真:1975年、ミカゲ石、4・3メートル×10メートル×5メートル ナガレスタジオ提供拡大1975年、ミカゲ石、4・3メートル×10メートル×5メートル ナガレスタジオ提供

写真:流政之拡大流政之

 ニューヨークの世界貿易センター(WTC)ビル前の広場のために作った。完成は1975年。構想から7年ぐらいかかっている。当時、「世界最大級の石の彫刻」と言われた。

 初めて日本で彫刻の個展を開いたのは55年。その後、作品を買ってくれたロックフェラー3世夫人などが応援してくれて、64年に米国での暮らしを始めた。第2次大戦中は海軍の零式戦闘機パイロット。軍人がアーティストとしてアメリカで世に出るなんて、その後ないんじゃない。

 WTCの仕事は、国際コンペで指名された。審査では「日本にはそんな技術があるのか」と聞かれて。厳しかった。日本には、外国に匹敵する歴史的彫刻家がいなかったから。

 当時、110階建ての建物なんてない。それと張り合うわけですよ。だから、えらく心配だった。困ったなと、ダウンタウンで1杯飲んでいたら「どうせ地上からは、半分より上は見えない」と気づいた。

 どっしりした石が、ちょっとねじれて浮かび上がる緊張感。相反するものが一つになっている。私にとって基本形となった作品でしょうね。

 表したかったのは「永遠に変わらざる平和」。実はあの形は、初の個展に出した、第2次大戦の日本とアメリカのパイロットを追悼する木彫「飛」(55年)に全く似ている。平和を願った時、頭にちらついた。

 世界経済の中心WTCに平和を祈るものを作ったのは、ちょっとからかったんだ。経済は闘いだから。そこが、平和の原点になるとは……。

 2001年9月11日、飛行機によるテロ攻撃では「雲の砦(とりで)」は壊れなかった。それを知った時は「さすがだ」と。中には鉄骨が入っているから強度はあった。でも、救助に使う重機を運び込むため壊された。

 残っていたらすてきだったけど、「ここにナガレの彫刻があった」と繰り返し繰り返し語られることで、人の記憶には残るでしょう。

 04年、個展を開いた札幌市の北海道立近代美術館に、新たに作った半分の大きさの「雲の砦Jr.」を設置した。

 いつか、もう一回作るとなれば、作ろうと思う。その時のために、日本に置いてある原型ですね。(増田愛子)

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