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2012年6月23日10時35分
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「本城直季写真展」「トーマス・デマンド展」(1/2ページ)

写真:本城直季「渋谷」(2006年)拡大本城直季「渋谷」(2006年)

写真:トーマス・デマンド「コピーショップ」(1999年) (C)Thomas Demand,VG Bild-Kunst,Bonn/APG-JAA Tokyo拡大トーマス・デマンド「コピーショップ」(1999年) (C)Thomas Demand,VG Bild-Kunst,Bonn/APG-JAA Tokyo

■実景と模型、漂う現実感

 ここに2枚の写真がある。写真家・本城直季(1978年生まれ)の小ぶりな個展に出ている「渋谷」(06年)と、ドイツの美術家・トーマス・デマンド(64年生まれ)の大作中心の個展に出ている「コピーショップ」(99年)だ。

 一見すると、前者は街のミニチュアを撮った写真で、後者は日常的な光景を撮った写真。しかし実は全く逆で、本城の作品が実景で、デマンドの作品が模型を写したものなのだ。

 本城は、蛇腹カメラを駆使して画面の中央以外をぼかし、街などが模型のように見える写真を撮ってきた。彼が07年に木村伊兵衛写真賞を受けて以降、こうした“疑似模型写真”が世にあふれている。ちょこまか道行く人も含めて街や光景がぐっと可愛らしくなり、人間の営みがいとおしくなるからか。

 一方デマンドは、ショップ、流し台といった日常的な光景や福島第一原発の制御室といったメディアで流通する事件の光景を、厚紙による実物大の模型で制作。それを撮影している。

 目をだますことが目的でないことは、細部の分かる大画面を選んでいることからも明らか。精巧ではあるが、よく見れば質感はどこも同じだし、コピー機の側面もベコベコしている。

 違和感や張りぼて感に、本城作品とは対照的に人がいないこともあって、空虚さが強調される。模型を動かすアニメでは、ぎこちなさが加わることも。

 「人生の空虚さではなく、写真などの先行するイメージを通して記憶や現実感が構成されていることを伝えたい」とデマンド。細部が省かれた表現で引き出す、人々の中に刻まれた公約数的、普遍的な記憶や現実感。しかしその現実感が、希少性や唯一性を欠いた、ある空しさをはらんでいるのも確かだろう。

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