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2012年6月27日10時22分
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〈はじめてのお伊勢参り〉式年遷宮の歴史 人呼ぶ源

図:はじめてのお伊勢参り拡大はじめてのお伊勢参り

写真:桂文我さん拡大桂文我さん

 江戸時代、「せめて一生に一度」と歌われたお伊勢参り。多い年には300万人を超える人が詣でたという。その人気は、今も衰えない。なぜ、人々は伊勢を目指すのか。

■別格の尊敬

 伊勢神宮(正式名称は神宮)は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)をまつる内宮(ないくう)と豊受大御神(とようけのおおみかみ)をまつる外宮(げくう)、別宮(べつぐう)など125社の総称だ。天照大御神は皇室の祖先神とされる「国の祖神(おやがみ)」。別格として尊敬を集め、江戸時代は伊勢参りが庶民の夢だった。弥次(やじ)さん喜多さんが江戸から伊勢を目指す『東海道中膝栗毛(ひざくりげ)』がブームに。数十年に一度、数百万人が参拝する「おかげ参り」も起きた。

 宣教師ルイス・フロイスは、神宮に各地から「巡礼」が集まると記しており、安土桃山時代には庶民の伊勢参りはあったと考えられる。ただ、旅の文化研究所の神崎宣武所長によると、大勢が安心して旅行できるようになったのは江戸時代。街道や宿場が整備された元禄期(1688〜1704)以降だという。

■「寺社詣で」遊山の言い訳 「御師」の存在大

 多くの人にとり、信仰よりも物見遊山が伊勢参りの主な目的だった。庶民の自由な移動が制限されていた時代、寺社参拝は旅に出る格好の方便。本州の中央という地理的優位もあり、神宮の人気は絶大。『膝栗毛』は、弥次喜多の2人が道中で名物を食べ、伊勢の古市(ふるいち)で大いに騒ぐ様子を描く。

 伊勢参りを広めるのに、大きな役割を果たしたのが、神宮に仕える神職の「御師(おんし)」。各地でお札を配り、お得意先を勧誘。道中の手配や宿泊、神楽奉納も請け負う。現在の旅行会社やガイドのはしりだった。「営業」範囲は北は津軽、南は薩摩に及んだという。

 とは言え、伊勢への旅費は一家の生活費1年分に相当することもある一大イベント。そこで村落や町内を基盤に、有志のグループ「講」でお金を積み立て、順番に伊勢に参拝する仕組みもあった。

 全てが御師の「パッケージツアー」ではなかった。奉公人が主人に内緒で「ぬけ参り」をする場合も。村落共同体では、若者の通過儀礼とも考えられていた。

■「伊勢参り」の歴史こそ力

 国内外を自由に旅行できるようになった今でも、伊勢参りの人気は衰えない。近年は「パワースポット」としても紹介され、個人旅行の女性も増えているという。

 「式年遷宮ごとに力をため、人を集めようとするのが、伊勢の強み」と神崎さんは指摘する。

 式年遷宮とは20年に一度、内宮と外宮の正殿などを建て替え、神様を新しい宮に遷(うつ)す神宮最大のお祭り。7世紀に始まったとされ、中断を経て、安土桃山時代に両宮の遷宮が復活。来年が62回目だ。

 実際、神宮司庁の調査では記録のある明治29(1896)年以降、参拝者数は遷宮の年をピークに増減を繰り返している。来年に向け、ここ数年は増加傾向。2010年には過去最高の約882万人(内外宮計)を記録した。

 神崎さんはこうも言う。「人はよりどころがないことに潜在的不安を感じ、いつの時代も『本物』を求める。『伊勢参り』の歴史にこそ、人を安心させる無形の力があるのでは」(増田愛子)

〈読む〉

 伊勢全般について学ぶには『検定 お伊勢さん公式テキストブック』(伊勢文化舎)がある。『絵図に見る 伊勢参り』(河出書房新社・品切れ重版未定)は18世紀末の絵図で、京からの参宮を読み解く。

〈見る〉

 桂文我さんの監修したDVDブック「落語でお伊勢参り」(小学館スクウェア)には、大阪からの伊勢参宮道を文我さんが歩く紀行映像を収める。文我さんや桂宗助さんらによる落語7席も楽しめる。

〈訪ねる〉

 伊勢神宮へはJR・近鉄伊勢市駅、近鉄宇治山田駅などが便利。外宮には神宮や式年遷宮の歴史を学べる「せんぐう館」もある。詳細は神宮のホームページ(http://www.isejingu.or.jp)を参照。

■お参り半分、遊び半分 落語家・桂文我さん

 上方落語の中で「旅ネタ」は大きなジャンルです。伊勢参りのネタは多く、細かく分けると20席以上。『東海道中膝栗毛』の弥次喜多のような喜六清八という2人が軽業(かるわざ)を見物する「軽業」、キツネにだまされる「七度狐(ぎつね)」などがよくかかります。

 こんなトラブルが起きたら面白いというだけでなく、「ここでこれを見た方がええ」という、今でいうリポートのようなものでしょうか。

 お参り半分、遊山半分だと思います。「夢のハワイ旅行」と私の幼い頃には言われましたが、江戸時代は伊勢参りが夢のトラベルだった。

 数年前、伊勢参りの落語と参宮の道中を紹介するDVDブックを作るため、旧街道を歩きました。次から次へ峠があってしんどいだろうとか、今も餅屋やまんじゅう屋が多いのは旅人が重宝したからだろうとか。歩いてみて「なるほど」と思いました。隠れた名所もあって面白い。

 電車やバスでぴゅっと来て帰る。効率的ですが、無駄なところに新しい発見もある。ちょっとは難儀な旅をしてもらうのもいいんじゃないかと思います。それが本来の伊勢参りなんじゃないですかね。

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