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2012年6月28日10時52分
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炭鉱の警官、父の謎追う 西村健「地の底のヤマ」

写真:西村健拡大西村健

写真:内藤陳拡大内藤陳

 第33回吉川英治文学新人賞を受賞した作家、西村健(46)は、第30回日本冒険小説協会大賞にも選ばれた。受賞作「地の底のヤマ」の舞台は福岡県大牟田市。近代日本の発展を支えたこの炭鉱町で、西村は少年時代を過ごした。

 「地の底のヤマ」は、同じ警察官だった父の死の謎を追う警官の人生を軸に、1960年から現在まで、炭鉱町に生きる男たちを描く作品だ。西村がここへ移ったのは6歳のとき。幼稚園、小学校といじめられ、家に逃げ帰るようにして読書にふけった。4年生のころコナン・ドイルの名作「バスカビル家の犬」を読み、以来、こういうものを書きたい、と思っていた。

 西村の父は開業医。医師になって小説も書く人生を思い描いていたが、父親から、「おまえは医者に向かない。なるな」と言い渡される。「愛想が悪いから、患者さんに受けないと思ったんでしょうね」

 鹿児島のラ・サール高から東大工学部へ進学した。「学生時代に作家デビュー」の夢は在学中、酒に明け暮れて果たせず、労働省に入ったが国会対応などに追われ、小説どころではない。92年、4年で役所を辞め、フリーライターをしながら小説を書き出した。冒険小説「ビンゴBINGO」でデビューしたのは96年だ。

 この間、日本冒険小説協会の会長内藤陳が叱咤(しった)激励してくれた。東京・新宿ゴールデン街で内藤が営む会公認酒場「深夜+(プラス)1(ワン)」に通い始めたのは大学3年の夏だ。「本読みの聖地」として憧れていた店に勇気を出して入ると、内藤は不在だった。「内藤会長がいたら、むちゃくちゃ怒られて、怖くて二度と来られなかったと思うんです」

 2回目以降は店に顔を出すたび、何かにつけて内藤に叱られた。「しゃべり方がうるさい」、黙っていると「暗い」。売れっ子になる前から応援した北方謙三、大沢在昌を叱り飛ばす姿も目撃した。

 「二度と来るな、という除名処分を5回食らわないと正式会員ではないと、仲間内で言われていました」

 冒険小説協会大賞の初受賞作品「劫火(ごうか)」を書き終えた05年ごろから、「地の底のヤマ」の構想を練った。盆と正月は必ず帰省し、中学の同級生と飲む。戦後最大の労働争議である三池闘争(59〜60年)も、史上最悪の炭塵(たんじん)爆発(63年)も生まれる前の出来事だ。地元に詳しい叔父に取材し、熊谷博子監督の記録映画「三池〜終わらない炭鉱(やま)の物語」も参考にした。

 5年かけて執筆した2100枚の長編が刊行され、病床の内藤に届けたのは昨年12月。「重いなぁ。俺の手じゃ持てねェじゃねェか」。9日後に息を引き取った。

 冒険小説協会大賞は会員投票で選び、同点の場合は内藤会長が裁定する。そうしたケースは過去29回、一度もなかったが、今回は大沢の「新宿鮫X 絆回廊」の得票と並んだ。行司役の会長を失い、会も解散する。協議の結果、記念のダブル受賞に落ち着いた。「会長の粋な計らいに違いない」と西村らは信じている。(田中啓介)

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