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2012年6月30日10時22分
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先入観に気づく 衣装・踊る影…本当は? 東京・六本木の2展

写真:イ・チャンウォン「パラレル・ワールド」(2012年)の展示拡大イ・チャンウォン「パラレル・ワールド」(2012年)の展示

写真:ハリーム・アル・カリーム「無題1」(「キングズ・ハーレム」シリーズより、2008年、バルジール芸術財団蔵)拡大ハリーム・アル・カリーム「無題1」(「キングズ・ハーレム」シリーズより、2008年、バルジール芸術財団蔵)

写真:シャリーフ・ワーキド「次回へ続く」(2009年、シャルジャ芸術財団蔵)の一場面拡大シャリーフ・ワーキド「次回へ続く」(2009年、シャルジャ芸術財団蔵)の一場面

 世界を知るためには、情報や知識を得ることが欠かせない。しかしその結果、思い込みや偏った見方をしてしまうこともある。いわゆる先入観や偏見。現代美術には、それらを暴くタイプの作品がある。東京・六本木の森美術館で開催中の二つの展覧会は、美術と「先入観」について考える好機となっている。

 「アラブ・エクスプレス展」は、34作家による国内初の本格的なアラブ現代美術展。なじみの薄い作家が多く、異国情緒やイスラム社会の表現などを予想する人もいるだろう。

 展示最初のハリーム・アル・カリーム(イラク生まれ)の「無題1」(「キングズ・ハーレム」シリーズより)も、まさに異国情緒的。朱色の民族衣装を身につけた女性が意味ありげなピンぼけ写真に納まっている。

 だが実は衣装は架空で、会場の解説文は「本当に女性か?」と問いかける。西洋社会が抱く「アラブ女性像」の先入観を指し示す作品だ。

 完成度の高い写真や映像作品が多く、表現は洗練され、ポップなものも。1990年代に一気に紹介された時のアジアの現代美術などと比べ、欧米の国際展でよく見る手法が多いのだ。異国趣味的、土俗的な気配は希薄。あったとしても冒頭の作品のように、現代美術らしいひねりがある。

 経済が石油産業で潤う地。近藤健一学芸員によると、出品作家の多くが国外を拠点にしたり、国際的に活躍したり。抑圧や紛争といった、アラブ地域らしいテーマを扱っても、手つきは国際的なのだ。同展アドバイザーのサルワ・ミクダーディ・エミレーツ財団芸術・文化部長や作家たちも、「アラブ=紛争」「イスラム=テロ」といった先入観で見ないでほしいと唱える。

 例えば、アラブ首長国連邦のミーラ・フレイズは抑圧の象徴と見られがちな女性の顔を覆うベールを扱いながら、それを仮面風に変え、米映画から「グラディエーター」といった題名をつけている。ファッショナブルな転換とも、役を演じるという点では米映画と同じという示唆にも見える。

 エジプトのアマール・ケナーウィはカイロの街を十数人が四つんばいで進むパフォーマンスの記録映像で、社会の格差などを指摘しつつ、題は「羊たちの沈黙」なのだ。さらにイラク生まれのジャナーン・アル・アーニは「砂漠=空白地帯」という先入観を疑問視する映像作品を見せ、レバノン在住のゼーナ・エル・ハリールは紛争時のビラを題材にポップな絵画を見せる。

 一方、先入観を扱う難しさを感じさせる表現も。

 両親がパレスチナ人のシャリーフ・ワーキドの映像では、銃を机上に置いて兵士が文章を読み上げる。テロリストの犯行声明のように見えるが、実は読んでいるのは千夜一夜物語だ。テロと結びつける先入観を扱うが、この映像ならアラブの人にもテロリストと見え、むしろ「欧米人はすぐにテロと思う」という先入観にとらわれているのではないか、と思わせる。知的なゲームに陥っている感もぬぐえない。

 それに対し、一室のみで同時開催されているイ・チャンウォン(韓国)の個展は実に鮮やか。薄暗い部屋の壁を見れば、投影された柔らかな光がさまざまな絵柄を描く。輪になって踊るかのような人々、動物の群れ。回り灯籠(どうろう)のように、幻想的で楽しげな光の絵。

 しかし手前の台を見て、息をのむ。紛争や事故を伝える新聞、雑誌の写真から人や動物の部分が切り抜かれている。その紙を鏡に貼り、そこに光を当てて巧みに像を描き出しているのだ。

 題して「パラレル・ワールド」。文脈や切り取り方で物事の意味がいかに変わるのかを実感させる。

 「発明」とでも呼びたい見事な手法。理屈ではなく視覚的な詩として、見る者に先入観について気づかせ、考えさせる。(編集委員・大西若人)

 ▽ともに10月28日まで。

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