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2012年7月6日10時23分
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犯罪テーマに日本への危機感表す 多和田葉子の「雲をつかむ話」

写真:『雲をつかむ話』を刊行した作家・多和田葉子さん拡大『雲をつかむ話』を刊行した作家・多和田葉子さん

 「犯人」との遭遇――警戒心と好奇心がせめぎあう状況を、作家多和田葉子は何度も体験した。そんな事実を元にした小説『雲をつかむ話』(講談社)が刊行された。

 ドイツに住む「わたし」の家に、謎の男が現れた。1年後、手紙が届き、殺人で服役中とわかる。それから「雲蔓式」に様々な「犯人」の記憶が手繰り出されていく。戦う舞踏家、反体制詩人、牧師や家政婦……。「自分が殺人を起こしてしまったかのように感情移入し、他人の物語がどんどん自分の中に入り込んできて、書いた」と多和田。

 日本に対する危機感を捕らえるには「犯罪」というテーマがいいと思っていた。危機感の一つは死刑の存在。「生きていない方がいい、やり直しはきかないという考え方。その人には価値がないと信じさせること。いじめにもつながる」

 本作の雑誌連載が始まってほどなく、東日本大震災が起こり、福島第一原発が事故を起こした。「原発は一部の地方を犠牲にする。つまり、価値がないとすること」。原発事故の責任をどう取るのかは、重要な問題だが、「放射線に汚染されたがれきを一緒に背負っていくというマインドは、どうか」という。

 「『我に返って』と言いたい。他人の苦しみを身近に感じることは大切だが、今、死にそうなのかどうか、自分の状況を自覚することが重要ではないか。ただ、日常には戻らないで。自分の生活に閉じこもらないで。終わっていないのだから」

 息づまる展開をみせる本作では「わたし」が、放射性物質の検査で連行される場面もある。終盤、ある医師が〈面白い話は他人のものでしょう(略)あなたの人生は退屈で幸福なものであっていい〉と語りかける。連載中に同様の言葉を受けた多和田。「自分は相手とは違うと意識した上で、どう理解できるかを考える、他人としてわかるという発想。巻き込まれ体質だった私は、びっくりした」

 被災者に感情移入し、心身に変調を来した人もいるだろう。病気にならないで分かる方法を探したい。「例えば、文学は人の心に入りながら、書物という形で距離を置く。書くことや読むことで、そのことに距離を置くことができ、さらに、ことの内部に入っていくことができ、また、距離が置ける。理性と心をわけるのではなく……というように、言いたいことをしゃべっていると、この長さ(小説)になるんですよ」

(吉村千彰)

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