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2012年7月7日11時53分
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「線」の表現にこだわり 松本竣介回顧展

写真:松本竣介「立てる像」1942年 神奈川県立近代美術館蔵拡大松本竣介「立てる像」1942年 神奈川県立近代美術館蔵

写真:松本竣介「Y市の橋」1944年ごろ 個人蔵拡大松本竣介「Y市の橋」1944年ごろ 個人蔵

 終戦後間もなく、36歳で早世した松本竣介(1912〜48)の足跡をたどる回顧展が、神奈川県立近代美術館・葉山で開かれている。

 松本は、病気が原因で13歳で聴力を失う。兄から油彩道具を贈られたことをきっかけに絵を始めると、早熟な才を示した。展示は、少年時代の風景画から、絶筆となった油彩まで、作品だけで約180点に及ぶ大規模なものだ。

 「私は今、街の雑踏の中を原つぱを歩く様な気持で歩いてゐる」。展示室入り口に掲げられた言葉が示す通り、都市の建築は生涯を通じて重要な主題だった。

 二科展初入選作「建物」(35年)をはじめとする、初期の風景画。当時、松本自身が東京の街角を写した写真には、画面を分割する線を意識した、油彩画と同様の構図が見てとれる。その独特の視点がうかがえ、興味深い。

 年代により多彩な展開をみせた松本の画業を俯瞰(ふかん)すると、代表作「立てる像」(42年)にみられる、薄塗りの油絵の具を幾層にも塗り重ねるような古典的技法を用いた時期は長くなかったことが分かる。

 繰り返しモチーフとした〈Y市の橋〉を描いた素描や油彩などからは、一貫して「線」の表現にこだわっていたことが分かる。その傾向は「水を飲む子ども」(43年ごろ)のような人物画にも、繊細な手の表現となって表れている。

 松本の画家としての活動は、わずか十数年。並行して雑誌の刊行など文芸活動にも携わった。その才能の豊かさを感じずにはいられない。(増田愛子)

 ▽22日まで(9日休館)。神奈川県葉山町の同館・葉山。11月23日から世田谷美術館。

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