現在位置:asahi.com>文化・芸能>芸能>舞台>歌舞伎> 記事 〈第7回朝日舞台芸術賞 舞台芸術賞〉坂田藤十郎さん2008年02月08日11時26分 「摂州合邦辻」の玉手御前で“濃密な張り”とでも言うべき感覚を表現した。家の安泰を図る玉手は、義理の息子に邪恋を仕掛け、死の間際に偽りだったと明かす。だが、「偽ではなく真の恋」というハラで、かなわぬ恋に一途に生きる女を演じ切った。 「第1回はプロデューサー、今回は演技者、両方が認められてうれしい。自分の考えは間違っていなかったと確信した」 役作りの基礎は、義太夫節の先代竹本綱大夫らの教え。「『恋を貫いた話』と言うのですが、どこをどういう風に、とは言ってくれない」。浄瑠璃をにらみ、思い定めたのが後半の「恋でないとの云(い)い訳は」のくだり。「恋、でぇ〜」とせりふを切り刻んだ。否定の中に、肯定の真情を滑り込ませる精妙なせりふ術だ。 喜寿記念の「京鹿子娘道成寺」の舞踊も、もぎたての果実のようだった。 「せりふ回し、息のつき方、しぐさなど基礎が大事と痛感した。エンターテインメントに走ると、歌舞伎ごっこになって、歌舞伎はつぶれます」 若い。芸も人も。その秘密は、今の誰も見たことのない、藤十郎(山城屋)の名にあるのではないか。以前から京都・祇園の料理店主と内々の祈念会「山城会」を作るほど渇望してきた名前だ。「藤十郎になって、吹っ切れた。自分の歌舞伎ができるようになったのです」 * さかた・とうじゅうろう 31年生まれ。二代目中村鴈治郎の長男。41年、中村扇雀で初舞台。53年、「曽根崎心中」を父と復活上演、お初役が絶賛された。三代目鴈治郎を経て05年、231年ぶりに坂田藤十郎を襲名した。81年に結成した近松座が第1回特別賞。 PR情報この記事の関連情報文化・芸能
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