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文楽人形遣いの吉田玉男さん死去

2006年09月24日

 品のよい色気が漂う端正な人形遣いで高い人気を保ち続けた人形浄瑠璃文楽の最長老で人間国宝の吉田玉男(よしだたまお、本名上田末一=うえだすえいち)さんが24日午後0時12分、肺炎のため、7月末から入院していた大阪市の病院で死去した。87歳だった。葬儀は親族のみで営み、後日文楽協会葬を行う。喪主は妻上田ユキエさん。連絡先は文楽協会(06・6211・1350)。

 鋭い感性と旺盛な探求心で役の「性根」をつかみ、無駄のない抑えた動きで秘めた感情や思いをにおい立つように表した立ち役(男の人形)遣い。伝統を継承しつつも既存の型に安住せず、常に創意工夫を続け、みずみずしさを失わなかった。

 95年夏、のどの腫瘍(しゅよう)を手術。03年秋に再発した後は休演が目立つようになった。05年8月の大阪・国立文楽劇場公演を最後に舞台に立つことはなかったが、「いつのまにやらおらんようになるのがええ」と引退はせず、生涯現役を貫いた。

 大阪市生まれ。空調設備会社の給仕を経て33年、吉田玉次郎に入門。初代吉田栄三、二代吉田玉市らに師事した。兵役で舞台活動は中断したが、戦後、文楽界が2派に分裂した時代に次々と大役を得て頭角を現した。55年、近松門左衛門「曽根崎心中」の復活上演で抜擢(ばってき)された「徳兵衛」が当たり役となり、生涯で1136回務めた。

 77年重要無形文化財保持者(人間国宝)認定、97年度朝日賞受賞。00年には文楽で5人目の文化功労者となり、03年にユネスコ「世界無形遺産の傑作」に選ばれた文楽の人気を支え続けた。

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