現在位置:asahi.com>文化・芸能>芸能>舞台>古典芸能> 記事 艶の露もれる芳醇さ 本條秀太郎「端唄〜江戸を聞く」2008年04月25日16時51分 艶(つや)の露がしとどにもれる音。本條秀太郎が奏でる三味線とうたには、これがとろめくようにすだく。古典と創作で構成した演奏会「端唄〜江戸を聞く」(13日、東京・紀尾井小ホール)でも、芳醇(ほうじゅん)な音色に浸ることができた。 年数回、地道に続ける会は21回目。幕が上がると、屏風(びょうぶ)前に、三味線を抱えた秀太郎と弟子の秀五郎が並ぶ。左手には、五月の節句を意識した武者人形。「葉桜や」「浅くとも」「いつも吉原」など8曲を演奏した。創作の器楽曲「花の風雅」では、大ぶりの低音三味線が加わった。粋は言わずもがな、雅(みやび)すら表している。 端唄の本随は、江戸花街の情緒か、江戸をとどめる明治の庶民感情か。が、この際、それは問うまい。秀太郎の音には、時世粧(じせいそう)を超えたエロチシズムがあふれる。水ゆるむ逢瀬(おうせ)の秘めやかなムードが、演奏姿にもこもる。だから、2〜3月に音楽を監修・実演した演劇「春琴」でも、音の陰影を演出し得たのだろう。 技術的秘密はある、と見た。三味線は通常の「細棹(ほそざお)」ではなく、地歌箏曲などで常用する「中棹」。最も太い「一の糸」はかなり太め。幅広のバチで、その重さを利用して胴の端周辺の糸を弾く。バチ先は、空洞上の皮ではなく、木枠上の皮にあたるので、薄刃のような音が出る。 糸を押さえる左指の音締めが強いため、音の明晰(めいせき)度はいや増す。そこに、いぶし銀をまぶしたような高い声が交差する。声の揺らぎも繊細で秀逸。極論すれば、何の曲でもいいから、とにかく彼の三味線と声を聞きたい、と思わせる、数少ない演奏家だ。 端唄は1曲数分の世界。秀太郎は端唄を「室内歌曲」と呼ぶ。だが、この日の演奏でも、彼は大自然に解き放たれた漂泊者のにおいを振りまいていた。(米原範彦)
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