落語魂育み40年、米朝一門「研究会」が記念の会
2006年10月23日
桂米朝が一門の勉強会として京都で開いてきた「桂米朝落語研究会」が19日、40周年の記念の会を開いた。総勢34人が高座に上がり、落語のほか、漫才や手品など余芸も披露。骨折で療養中の米朝が「長年ありがとうございます」と元気な姿であいさつすると、すし詰めの会場からは盛んな拍手が送られた。
 記念の会の高座であいさつをする桂米朝=京都・安井金比羅宮で
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研究会は東山の安井金比羅宮の30畳の広間を会場に66年10月、第1回を開いた。出演は朝太郎、朝丸(現ざこば)、小米(故枝雀)、米朝。入場料は80円だった。偶数月に開催を続け、約60人に及ぶ一門の大半はここで初舞台を踏んだ。公演後は米朝が各自を講評、他の一門にはない修業の場になっている。
この日は観客192人が座敷と廊下を埋めた。入場料は1500円になった。米朝は「始めた頃、お客が40人ほどなのに、町の人が50人も手伝いに来てくれた。この会のおかげで一門の結束もできました」と振り返る。「以前は楽屋できついことを言ったもんです」に続けて、「もう小言は言わんわ」と、若手の高座に目を細めた。
ざこばは「当時、若手が出られる会が少なかったので、長い噺(はなし)ができるこの会が勉強になった。ネタや演者の順番などに師匠の考えが行き届いていて、落語の研究会のお手本になった」と話す。
常連客の多くは会員になり、その数は4950人に達している。京都出身の俳優近藤正臣はスタート当時の常連。「第1回も見てると思う」という。上り調子の米朝や、小米時代の枝雀の語り口に圧倒された。「高座を間近で見られるのが魅力。祇園の女将(おかみ)さんや芸者衆もいて他にはない雰囲気だった。落語を聴き込んだことで、人情の機微やおかしみが分かって役者をする上で得をした」と話し、「記念の会に行きたかった」と残念がった。
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