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立川談春、師匠・談志6月に「親子会」

2008年05月04日11時25分

 いま最もチケットの取りづらい落語家のひとり、立川談春が6月に東京・歌舞伎座で師・談志との「親子会」を開く。立川流は寄席の定席に出ない。この2人をそろって聴く貴重な機会だ。

 談春は4月に初の著書「赤めだか」(扶桑社)を出した。季刊雑誌「en・taxi」に05年から2年半連載した自伝的エッセーを元にまとめたものだ。「あなたは書ける人です」と執筆を勧めたのは評論家の福田和也氏だ。

 「言文一致」運動の二葉亭四迷が「浮雲」を書いた際に三遊亭円朝の落語の速記本を参考にしたという逸話でも知られるように、落語は元々文字と縁が深い芸能だ。言葉一つで何百人もの客の心をつかもうとする落語家は、普段から文章修業をしているようなものかも知れない。

 とはいえ、やはり勝手は違う。出版社が用意した名入りの原稿用紙を前に、あれこれ考えて時間を無駄にし、会話文を増やせば行数が稼げることを発見し……。落語と文章の違いにも気づいた。

 「落語では、これがしゃべりたいという自分の気持ちと同じくらい、客は何を聴きたいんだろうと考える。書く作業は違う。読者はほとんど意識しなかった。客より自分と向き合う作業でした」

 書いたのは84年に17歳で談志に入門し、97年に真打ちになるまで。20年以上も前の談志とのやりとりなども克明に記した。

 「よく覚えているなあと自分でも驚いた。師匠の言うことは何でも丸ごと吸い込んでいたからでしょう。ところが二つ目になって以降、他人の言葉だったか自分が考えたことだったかあいまいになる。師匠の言葉も出来事も、自分の都合のいいように解釈し始めたからじゃないか」

 談春といえば談志譲りの歯切れのいい古典落語の印象が強いが、最近は新しい試みとして、東大寺二月堂の修二会(お水取り)に行った話なども高座にかけている。

 「落語家は世情のアラで飯を食い、と言います。落語の体裁を使い、20分で笑わせ、普通は体験できないようなことをご報告する。『落談』とでも言いましょうか」

 歌舞伎座への出演は談志も談春も初めてだ。座席約2千の大会場。「何をどうやるか、まだ何も考えていない」といいながら、自信は満々と見た。(編集委員・篠崎弘)

 6月28日午後6時。8千〜5千円。発売は5月9日午前10時。電話03・5565・6000(松竹)。

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