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近ごろのスミレの命短くて 宝塚のトップの任期「異変」2006年10月23日 かつて宝塚のトップスターといえば、ファンでなくても名前は知っているような存在だったはず。それがここ数年変わっている。01年には匠(たくみ)ひびき、02年には絵麻緒(えまお)ゆうが1作だけのトップに就任、宙組の貴城(たかしろ)けいも11月3日から宝塚大劇場で始まる「維新回天・竜馬伝!」1作で退団する。短命トップスターの量産ともいえる事態に、ファンの戸惑いも大きい。
9月18日の夕暮れ、星組公演の千秋楽を迎えた兵庫県宝塚市の宝塚大劇場の周辺は、6千人のファンであふれていた。退団する同組のトップスター湖月わたるの最後の花道を一目見ようと集まった人たちだ。ファンクラブの会員たちはおそろいの白いパーカーを着て湖月の出を待ち、ぴたっとそろった掛け声を掛けた。 トップスターの退団のたびに繰り広げられる、ファンにとっては特別なこの行事の間隔が、少しずつ縮まっている。 その顕著な例が宙組の貴城だ。今年7月に退団した和央(わお)ようかの後任となったが、来年2月の東京お披露目公演で退団する。 宝塚歌劇団の木村康久制作部長は「確かにトップの任期は短くなっているが、昔は就任するのが今よりも早かった」と説明する。 大正から昭和初期にかけての大スター小夜(さよ)福子や60年代に活躍した上月晃(こうづき・のぼる)が入団2年目(研2)で主役に抜擢(ばってき)されたのは異例としても、かつてのスターたちのトップ就任は比較的早い。汀(みぎわ)夏子や鳳蘭、天海祐希は研7でトップになっている。大地真央や杜(もり)けあきは研10のとき。いずれも研5前後には、すでに組の2番手、3番手などを務めていた。 「彼女たちは若い時からいい意味で先輩を押しのけていた。最近は研13〜15辺りでの就任が多く、年齢も高くなっている。辞めた後の身の振り方を早く見極めたいという人も多い。劇団としては一番輝ける形を考えて個別に話し合って判断している」と木村部長。「意図的にトップを量産しているわけではない」と強調する。 小林公一理事長も「任期が何年、と決まっているわけではなく、そのときの状況による」と話す。 戦前から戦後にかけてのトップのありようは今とは違った。複数トップも珍しくなく、2本立て公演の主演が違うこともあった。男役トップが娘役を演じることもあり、主演=トップという今の構図は必ずしも当てはまらないが、若手のトップ就任のチャンスが多かったとはいえそうだ。 とはいえ、50〜100人に1人というトップにたどり着くのは並大抵なことではない。研15でのトップ就任となった貴城は「最終ゴールに手の届かない方もたくさんいらっしゃる中で、こういう立場を与えてもらい、悔いはない」と語る。 ☆ ☆ 歴代のスターたちに支えられた創立92年の宝塚は、変化し続けている。東京宝塚劇場(2069席)の観客動員はほぼ100%を保っているが、本拠地の宝塚大劇場(2550席)は90%前後にとどまる。そのため、CS放送やDVD販売に力を入れて新たなファン獲得に腐心する。 劇団システムの改革も進める。現在は入団7年目までは全員が劇団に所属し、8年目からは1年ごとに更新する「タレント契約」となる。宝塚に残るかどうかを考えるいわば節目だ。来春入団の劇団員からはこの節目を早め、入団6年目とする。 これらは経営改善を意識した取り組みだが、公演自体にもファン心をくすぐる仕掛けが必要だろう。昔のように若手を起用したり、公演ごとに主要キャストを変えたりするような試みがあっても面白い。歴史に残り、記憶にも刻まれる新たなトップスター誕生の可能性も増すに違いない。 ☆ ☆ 70年代以降の“長寿”トップの例 ★汀 夏子 10年(70〜80年) ★鳳 蘭 9年(70〜79年) ★榛名 由梨 8年(74〜82年) ★和央 ようか 6年(00〜06年)
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