〈評〉戦後と現代問う こまつ座「私はだれでしょう」
2007年02月03日
戦後のラジオ局を舞台にした井上ひさしの新作(栗山民也演出、宇野誠一郎音楽)。楽しい音楽劇の中で、日本の戦後と現代を考える主題を語り、井上作品ならではの魅力に富む。戯曲の完成が遅れ、1月14日の予定だった開幕が2度延び、22日に始まった。
日本放送協会の一室。戦争で生き別れた人を探す番組「尋ね人」の責任者・京子(浅野ゆう子)と同僚ら(梅沢昌代、前田亜季、大鷹明良、北村有起哉)が、占領軍の監督官で日系2世のフランク(佐々木蔵之介)と話しているところへ、記憶を失った「太郎」(川平慈英)が飛び込んでくる。
「私を探してください」
英語が流暢(りゅうちょう)、武道に秀で、タップダンスの名手……と、次々と特技が判明する「太郎」の謎に、米軍将校の服を着ていながら日本国籍も持つフランクや、花形アナウンサーだったのにマイクの前に座るのを拒む京子ら、一人一人の物語が絡み、様々な「私はだれ?」という声が響く。それは終幕に向けて、各人物の「私はどう生きるか」という決断と結びついてゆく。
例えば京子は、占領軍が禁じる投書を電波に乗せる決意をする。戦中は国策の伝達、戦後は占領軍による国民の再教育のための機関と位置づけられた放送局の中で、親しい人の消息を求めてラジオにかじりつく多くの人々の思いに応えようとする闘いだ。迷いのない京子の姿勢は立派で、見ていて気後れを感じるほど。だが、公共放送のあり方が議論されている今に、強いメッセージを投げかけている。米国の影響下での日本の再軍備の懸念に触れる場面もある。作者は60年前と現代との同調を見つめている。
けいこ期間が短かった後半がもっと熟せばいいと思うが、出演者は健闘している。特に、川平の陽性な活力と素直さ、特攻隊の生き残りで組合活動家になった青年役の北村がその時々の権力にうまく使われてきたと気づく場面の哀切さ、生活感をにじませる梅沢と大鷹の厚みのある演技が印象深い。ピアノ演奏・朴勝哲。(編集委員・山口宏子)
2月25日まで、東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターで。
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