現在位置:asahi.com>文化・芸能>芸能>舞台>演劇> 記事 〈評〉パルコ劇場「フール フォア ラブ」 背徳の恋の宿命2007年02月10日18時27分 米国人劇作家サム・シェパードの「フール フォア ラブ」を、映画監督の行定勲が演出した。原題は恋に狂うという意味だが、なまなかな恋ではない。異母兄エディ(香川照之)と妹メイ(寺島しのぶ)の背徳の恋だ。男と女は、近親憎悪と嫉妬(しっと)、愛情の感覚をボクシングのように戦わせる。演出は正攻法。せりふの力で、裸の人間関係と感情の緊張感を作る。光と音がサスペンスタッチを増す。 砂漠近くの安モーテルの一室。兄妹と、幻想の父(大谷亮介)、妹の男友達マーティン(甲本雅裕)が登場する。姿は見せないが、兄の女が、侵入者としてからむ。幻想と現実が混じるミステリアスな家族劇だ。 兄妹の痛ましさを表現するには、全体にざらついた感触とたたずまいが欲しい。表層の荒(すさ)んだ感情と、深層の真摯(しんし)な心のせめぎ合いがポイントだからだ。汚れ役に体当たりしているが、2人はいささか品が良い。 寺島は、前半の激情を、テンションを一気にあげて表現する。エディの両足にしがみつき、心の揺れをエネルギッシュに体全体で出す。下卑た感じが欲しい。しかし、あでやかな赤のドレスに着替えてから、魅力が全開する。高音の澄んだ口跡が、鋭いメスのように感情を切り裂き、露出させる。父に裏切られた母を追憶する独白なぞ、リリシズムあふれる美しさだ。 シェパード戯曲のテーマは、父親像の探求と再生。父のように放浪するエディ、母のように愛に苦しむメイを相似形に重ねて、男と女の宿命、断念、そして再生が書き込まれている。 香川は、時に発声が弱く生っぽくなるが、役の心をつかんでいる。シェパードの場合、父は米国、文明そのものにだぶる。香川は、大いなる父性像への、断念を込めた痛ましい希求のように見えてくる。男っぽいせりふの大谷に身勝手さが漂う。幻想の父を見られない甲本の動きに、もう一工夫あれば、幻想と現実の境目がより浮かび上がる。大草原にポツンと立つ追憶の小屋を舞台上部に見せて、現実に忍び込ませる美術(二村周作)が切ない。 (山本健一) 25日まで東京・パルコ劇場。 PR情報 |