現在位置:asahi.com>文化・芸能>芸能>舞台>演劇> 記事 〈浅草の灯よ:6〉唐十郎 におい、アングラの源に2007年02月19日12時12分 06年11月10日、浅草木馬亭は新宿梁山泊による演劇「風のほこり」の楽日だった。作者の唐十郎(66)も姿を見せた。
かつては万年町といわれた北上野で生まれ、21歳までいた。「鴬谷から歩いてきたけど、いろんなことを思い出してしまって」 * 作品は、二十歳(はたち)ぐらいの唐の母加代が、浅草六区の劇団に戯曲を売り込みに行き、ボツにされたという実話が下敷きになっている。時代は、戦争の足音が忍び寄る満州事変前年の1930年。水族館の上の榎本健一のカジノ・フォーリーが満員の人気だった。 「風のほこり」を唐に頼んだのは、新宿梁山泊代表の金守珍(キム・スジン)(52)。芸人と街を書いた堀切直人(58)の「浅草」4部作に刺激を受けた。「あのころの浅草の芸人たちは身を削って舞台をつくってきた。薬を打っていた芸人も多かったというが、そのくらい笑いに命をかけていた」 芸人たちの姿が、金自らも団員だった唐の状況劇場と、唐本人に重なった。「アングラの源流は浅草にあるのでは。唐さんに浅草を書いてほしい」 唐も浅草の原体験をずっと忘れないできた。死んだコイや亀が浮いていたひょうたん池に裸足で入ったこと。池の周りの見せ物小屋や焼きそばの屋台……。唐は「お祭りの後の残酷な風景」と表現した。その体験は、演劇界に衝撃を与えた67年の新宿・花園神社の紅(あか)テントに通じる。「僕自身が体験したからこそ、浅草にも、境内にもある、あのにおいが、観客との接点になった」 * 金の依頼を受け、唐は2カ月で書き上げた。初演は昨年12月、下北沢の劇場。しかし、金は最初から浅草木馬亭でやりたいと考えていた。18年に開場した老舗(しにせ)。劇中に登場するカジノ・フォーリーは隣にあった。舞台としてはこれ以上の場所はない。 そのうえ、浅草の古い劇場は不思議な効果をもたらすことを金は知っていた。「何かが漂っていて、いい『気』がある」 浅草の劇場で唐作品が上演されるのは、移動劇場をのぞけば、85年の劇団「第七病棟」の「ビニールの城」以来。その時の舞台は閉館になっていた常盤座だった。主演の緑魔子は「初めて中に入った時は、『もののけ』がいっぱいいる感じで言葉がでなかった。でもとても温かくて、演技を見守ってくれているような気持ちになった」。連日、観客がつめかけ、批評家からも絶賛された。 「風のほこり」で唐の母の加代役をした渡会(わたらい)久美子(43)も、「言霊があるとすると、それに支えられた感じがした」。 金には、かつて舞台を踏んだ多くの役者たちの喧噪(けんそう)が聞こえてきた。 唐はいう。「浅草は巨大な感受装置。猥雑(わいざつ)でも、リリカルなものでも何でも受け入れてきた。それが体の襞(ひだ)にたまっていて、時々出てくる」 (敬称略) PR情報 |