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女性たちにも大きな比重 蜷川演出「オセロー」

2007年10月09日15時11分

 蜷川幸雄演出のこのシェークスピア悲劇では、真っ黒な怒りと純白の愛が交錯する。しっとのとりこになったオセローの苦悩と、彼を陥れるイアゴーの胸に広がる闇の「黒」はどこまでも濃く、デズデモーナが夫オセローに向ける心は清らかに白い。目が痛くなるほど強いこのコントラストが、深い悲しみを招く。

 雇い兵からベニス公国の将軍になった黒人オセロー(吉田鋼太郎)は大貴族の娘デズデモーナ(蒼井優)と結婚する。しかし、部下イアゴー(高橋洋)の悪巧みで、副官キャシオー(山口馬木也)と妻の不貞を疑い、ついには彼女の命を奪う。

 今回の蜷川演出はスペクタクル性を抑え、人物の心理に焦点を絞る。例えば冒頭でイアゴーは、オセローへの憎しみを小声で吐露する。出世できない不満を語っているのだが、彼の怒りはそこにとどまらず、世の中全体を呪っているかのようだ。ここでイアゴーの中に、単純には説明のつかない悪意が充満していることが強く印象づけられる。

 こうしてイアゴーを核に男たちの心理戦が始まるが、その犠牲になる女性たちが、大きな比重で描かれているのが、この舞台の特色だ。

 年の離れた異人種との結婚を貫く愛情の深さと意志の強さを持ち、自分の考えを語り、実行する賢さと勇気もあるデズデモーナを、蒼井はかれんな容姿と澄んだ声で鮮烈に演じる。その侍女でイアゴーの妻エミリアを演じる馬渕英俚可も魅力的。二人が理不尽な夫の仕打ちを悲しみながら、それでも愛していることを語り合い、蒼井が「柳の歌」(かみむら周平音楽)を歌う場面の美しさと切なさは劇の要になっている。

 吉田のオセローは、序盤で人物の大きさを見せるが、初日(4日)は途中から力みすぎた。全体をもっと抑制し、要所で持ち味の爆発的な迫力を生かしてほしい。高橋のイアゴーは表向きの好人物ぶりと真の顔にめりはりがあり、虚無感を抱えた少年のような悪の造形が新鮮だ。松岡和子訳。

 21日まで、彩の国さいたま芸術劇場。富山、北九州、名古屋など巡演。

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