現在位置:asahi.com>文化・芸能>芸能>舞台>演劇> 記事 集団の狂気と地続きの日常 松尾版「キャバレー」2007年10月16日15時12分 松尾スズキが名作ミュージカルを演出した(J・マステロフ台本、J・カンダー作曲、F・エブ作詞)。目黒条の翻訳に松尾が手を入れた台本で上演している。 狂言回しであるキャバレーのMC=司会者(阿部サダヲ)が享楽的な雰囲気をあおる街、ベルリン。そこにやって来た米国人作家クリフ(森山未来)はキャバレーの歌姫サリー(松雪泰子)と出会い、一緒に暮らし始める。2人の家主シュナイダー(秋山菜津子)は、果物店主シュルツ(小松和重)から求婚される。だが、世代の違うこの2組の恋は、台頭するナチスに踏みつぶされる。 娯楽性とシリアスな社会性が混じり合うこの作品は、猥雑(わいざつ)な世界の中で人が生きることの痛みを見つめる松尾の劇世界と通じるものがある。それを端的に体現するのは秋山だ。シュルツを愛しながらも、ユダヤ人である彼が迫害されるのを見て、婚約を破棄する熟年女性。コミカルに振る舞いながら、「命がけで無難に生きてる」と歌う彼女の現実の切実さを力強く伝えている。 清潔感のある森山も印象に残る。ベルリンに生きる人々に共感しつつも、過酷な現実を前に、立ち去ることしかできない異邦人。それは安全な場所から舞台を、そして世界を見ている私たちの姿かもしれない。 近年のS・メンデス演出も、ロンドンの最新版R・ノリス演出も、ナチスのユダヤ人虐殺に焦点を当てていた。松尾版にこうしたとがった表現はないが、若い娼婦(しょうふ)(平岩紙)がシュルツに向ける冷たい視線や、鉤(かぎ)十字をつけた踊り子たちの軍隊風の行進などで、集団の狂気が日常と地続きにあることを見せて、ぞっとさせる。ただ、私が観劇した日には行進の場面で客席から無邪気な手拍子が起き、これには驚き、とまどった。 松尾が加筆した悪のり気味のせりふに若い観客は沸くが、広い青山劇場(東京)では表層的な笑いはかえって、舞台の密度を薄くしたように感じられた。装置や演技全般にも、空間に見合ったスケールの大きさがほしい。 21日まで。名古屋、大阪でも。 PR情報 |