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ダンサー孤独な健康管理 熊川哲也さん 靭帯断裂から5カ月

2007年10月20日11時10分

 激しい動きを伴うバレエにはケガがつきもの。人気ダンサー熊川哲也さんが今春の公演で重傷を負ったことは記憶に新しい。だが、スポーツの各分野に比べ、舞踊界の健康管理は遅れている。最近ようやく、ケガの予防や治療・リハビリの支援態勢を作ろうという動きが出てきた。

◆研究者ら、支援態勢作る動き

 芸術家の健康を支援するNPO法人「芸術家のくすり箱」が8月末、整体師やトレーナーに、バレエダンサーの体の動きを知ってもらおうとセミナーを開いた。「身体のプロ」たちは、協力した東京シティ・バレエ団の団員の話に驚いた。彼らの大半がバレエのレッスンはしているが、基礎的な筋力トレーニングはしていないと聞いたからだ。

 実は多くのバレエ団が、団員の体のケアに十分な予算を割けず、個人任せの状態だ。ダンサーでもある整体師の荒木靖博さんは「レッスン指導などのアルバイトで忙しく、トレーニングに手が回らない人も多い。疲れた人が根性で踊っている」と嘆く。

 19世紀後半のロシア・クラシックバレエ以降、バレエはより高く跳び、速く回る進化を続けてきた。舞踊評論家の佐々木涼子さんは警告する。「見たことのない新しい動きは、そのための訓練をしていない筋肉でやることになる」

 元ダンサーで振付家の牧阿佐美さんは20代後半、舞台上の跳躍でアキレス腱(けん)を断裂。1年半舞台を休んだ。ベルリン国立バレエ団芸術監督兼第1ソリストのウラジーミル・マラーホフさんは今年、ひざの十字靱帯(じんたい)を2度手術。9月の日本公演を降りた。長年の使いすぎによる損傷だった。

 新国立劇場バレエ団ソリストの湯川麻美子さんは91年、英国のロイヤルバレエ学校に留学中、左ひざの皿を脱臼した。学校には負傷したダンサーに特別メニューを組むトレーナーがいたが、日本では復帰まで約1年、孤独なリハビリをした。「どこまで動かしていいか、専門家の判断を仰げれば、精神的にも助かったと思う」

 日本のバレエ団では、新国立劇場に常駐トレーナーがいるくらい。そこでも、初期治療やテーピングの指導はするが、長期のリハビリなどには対応していない。

 英国ロイヤルバレエ団出身の熊川哲也さんが率いるKバレエカンパニーには、設立当初は英国流の「保健室」があったが今はない。「利用者が少なかった。今はツアーにトレーナーが同行し、普段は自己管理に任せている」と熊川さんは言う。

 ダンサーの体の動きや生活事情を知る医師が少ないという問題もある。元ダンサーで整形外科医の蘆田ひろみさんは「練習しながら治療したいのに、痛むなら休みなさい、辞めなさいと言って片づける医師が多い。精神的な不安もあり、ダンサーは民間療法に走りがち。両者が時間をかけて理解し合えるといいのですが」と話す。

 そうした中、アーティストの体のケアに、もっと注意を向けよう、という動きが出てきた。05年に始まった「芸術家のくすり箱」もその一つ。国立スポーツ科学センターで、新体操など、主に芸術系スポーツを研究する瀬尾理利子医師、お茶の水女子大の水村真由美准教授(運動科学)らの協力で、ダンサーや俳優、音楽家も対象に、健康相談やケガ予防などのセミナーを開いている。

 水村さんは医療関係者と研究者のネットワーク作りを目指し、勉強会も始めた。「測定データや治療例を共有する必要がある。ダンサーたちもケガや体調不良をベールに包まずオープンにし、合理的に取り組む姿勢が望ましい」

◆熊川さん リハビリ1日3時間

 5月半ば、右ひざの前十字靱帯(じんたい)を断裂した熊川哲也さんが、事故当時の思いや回復状況などを語った。

 今は1日約3時間のリハビリに励む。執刀医の診断に基づき、リハビリ専門医がメニューを出し、訓練は専属個人トレーナーが立ち会う「3人態勢」。ジョギング、ジグザグに走る運動、踏み段の昇降などで、バーにつかまってのバレエの基礎訓練も近く再開したいという。

 事故は札幌での本番中に起きた。「思ったより高く跳んでいた」ことで着地に失敗。気がつくと、ねじれたひざに全体重がかかっていた。

 約1カ月後に手術。半月板と軟骨が傷ついていないか不安だったが、術後、医師が「大丈夫だよ」と言うのを夢うつつで聞き、うれしかったのを覚えている。

 復帰時期は当初、「手術から6カ月後」としていたが、「6カ月後の自分と相談して決める」と明言は避けた。復帰すれば、また高いジャンプや鋭い回転が期待されるだろう。

 「高さを競っているわけではない。バレエは勝ち負けではない。目標はまた舞台で楽しく踊れること。空気と一体になって音楽に乗り、役に入り込む感覚を取り戻すこと」

 しかし、以前できたことができなくなる不安はないのだろうか。「それは、恐怖感を克服するかどうかだよね。守りの踊りはしたくない。けいこ場に入って、作り上げていかなければならない自信だと思う」

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