現在位置:asahi.com>文化・芸能>芸能>舞台>演劇> 記事 松本幸四郎の二つの顔、1000の大台へ2008年04月04日15時02分 松本幸四郎は、二つの代表的な顔を持つ。一つは歌舞伎「勧進帳」の弁慶。もう一つはミュージカル「ラ・マンチャの男」のドン・キホーテ。上演回数は、弁慶が今秋で1000回に達する。また、キホーテの方は、5日開幕の東京・帝国劇場公演(幸四郎演出)で、15日に1100回を迎える。 ◇ 千回レベルの舞台は途方もない。しかし、芸術的感動とは別次元の話だ。 「確かに回数も名誉ですが、一番大事なのは『最高』と思える舞台が何回できたか、です。歌舞伎とミュージカルを両方演じて来られたのは、松竹と東宝の演劇への良心のおかげです」 幸四郎はよく「どの役でも『やる』ではなく、『できなくてはならない』と課している」と話す。この「CAN」+「MUST」の考え方が、関心のある演劇ジャンルすべてに自然と注がれる。 「歌舞伎もミュージカルも死にものぐるいでやった。興味本位の中途半端な気持ちが少しでもあったら、両方つぶれていたかもしれませんね」 「勧進帳」は北陸の安宅関が舞台。義経一行が弁慶の知略と関守・富樫の武士の情けで詮議(せんぎ)を逃れる筋。山伏問答など見せ場が多く、長唄も秀逸で人気演目の一つだ。 弁慶役は、幸四郎の祖父・七代目幸四郎が1600回演じたとされる。ここから練り込まれた七代目型が生まれたが、当代は、これにさらに手を加える。 例えば、義経の正体が露見しそうになる場面。弁慶は相手にバレないよう、あえて金剛杖(こんごうづえ)で主君を打つ。杖を持ち上げて振り下ろすまでの数秒に、幸四郎の弁慶は申し訳なさに落涙せんばかりの表情をはっきり示し、続いてためらいを払って杖を振るう、ように見える。「現代の感覚から演じ方を模索するのです」 実は七代目にも進歩的側面があり、20世紀初頭、日本初の創作オペラ「露営の夢」に主演したこともある。父の八代目(後の白鸚)も開明的。渡米して「勧進帳」を米国俳優に指導した。「そのとき、父は『ラ・マンチャ』を見て、帰国後、菊田一夫先生に『息子にやらせてほしい』と頼んでくれたのです」 「ラ・マンチャの男」は69年に日本初演された。脚本デール・ワッサーマン、音楽はミッチ・リー。投獄された作家セルバンテス(これも幸四郎)が囚人と共にドン・キホーテの物語を演じる、という劇中劇の設定で進む。 「原点に立ち返ることで、スタンダード作品の良さや特色を、もう一回見直し、『見果てぬ夢』を追いたい」 「勧進帳」は日程などが近く発表される予定。「ラ・マンチャの男」は30日まで。出演はほかに松たか子ら。上條恒彦が病気のため、瑳川哲朗が代演する。1万2500〜4千円。東宝(03・3201・7777)。(米原範彦) PR情報この記事の関連情報文化・芸能
|
ここから広告です 広告終わり どらく
鮮明フル画面
一覧企画特集
ショッピング特集朝日新聞社から |