現在位置:asahi.com>文化・芸能>芸能>舞台>演劇> 記事 “どん底” 時空超え味わい さまざまに舞台化2008年04月23日11時40分 社会の底辺でうごめく人々を活写した、マクシム・ゴーリキーの戯曲「どん底」に、復活の気配がある。舞台化が近年、目立つのだ。かつては新劇の定番演目。一方、新しい舞台は現代的なジョークを加えたり、脚本家のイメージで舞台を大胆に書き換えたり。100年以上前の、はるかなる帝政ロシア末期の作品に、今の劇作者や観客たちは何を見るのか。 ◇ 設定は原作を生かし、空間や時間はジャンプする。それが近年の舞台の特徴だ。 東京・渋谷のシアターコクーンで27日まで上演中の「どん底」は、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(ケラ)の上演台本・演出。登場人物はチャプリンやケネディ大統領を話題にし、時代がいつか、よく分からない。 鈴木忠志演出「廃車長屋の異人さん ゴーリキー作『どん底』より」は05年に初演。廃車群を人物の住み家とした、近未来の物語で、07年には日本・中国・韓国の3カ国語版で再演された。落語家・立川志らく主宰の下町ダニーローズは「どん底〜化け物達の晩餐(ばんさん)会」を昨年末に上演。舞台は太平洋戦争末期の広島に移した。 06年の東京ヴォードヴィルショー「エキストラ」は昨年末から全国で再演中。25〜29日には東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターで。ドラマ撮影の通行人などを演じるエキストラたちの悲喜劇で、「どん底」をヒントにしたという脚本の三谷幸喜は「三谷版どん底」と名付けた。 東京ノーヴイ・レパートリーシアターは04年の結成以来、毎年上演する。原作に忠実だが、タイトルは「どん底で」と、「で」が付く。今年は東京・下北沢で6月まで。 ちょうど映画もかかった。東京の国立近代美術館フィルムセンターは今月、ジャン・ルノワール監督を特集し、ジャン・ギャバン出演の「どん底」(36年)を上映。黒沢明監督の「どん底」(57年)は没後10年の今年、死去した9月にNHK衛星第2で放送予定。こちらは設定が江戸時代だった。 06〜07年の『カラマーゾフの兄弟』が当たった光文社の古典新訳文庫でも、来年以降の出版を検討している。 では、本国は。大阪大の堀江新二教授(ロシア演劇)によると、ロシアでは社会主義リアリズムを追究した旧ソ連時代の反動もあり、近年は上演機会が少ないそうだ。日本で上演が目立つのは、新劇、小劇場、商業演劇などが多極分散する演劇界の現状が一因とみる。「大きな柱が見えなくなって、もう一度、『どん底』のような原点の作品に戻ろうとしているのでは」 ところで、最近の「どん底」の舞台は笑いが多い。登場人物が、劣悪な環境を楽しんでいるような演出もある。演劇評論家の扇田昭彦氏は「社会変革は幻想だったという現実や、脱出口が見つからないバブル以降の現状が投影されている」とみる。 安保闘争や全共闘運動の敗北まで、人は変革を信じた。そんな時代の「どん底」は、希望の実現に共感が集まった。格差や下流という言葉が盛んに言われる現在。就職もままならず、あきらめムードが漂う。 書評家の豊崎由美氏は「『どん底』には未来への希望があった。でも、ゴーリキーの時代から見て未来になった現代も、社会は変わっていない。演劇人たちは『どん底』を上演して、今の時代を逆照射し、ゴーリキーを批評的に読み直しているのではないか」と言う。 「不朽の名作」とされた「どん底」。それも素直には読めない時代になった、ということだろうか。(井上秀樹) 〈「どん底」〉 ロシアのひどく貧しい一角に住み着く人々が、絶望的な現状を抜け出そうと夢や希望を抱えて暮らす。1902年にゴーリキーが戯曲を書き上げ、同じ年にモスクワ芸術座で初演された。 日本初演は8年後。自由劇場の小山内薫が訳し、当初は「夜の宿」と題した。戦後は54年の文学座が岸田国士の演出で上演したほか、民芸、東演、俳優座など新劇の各劇団が取り上げた。宇野重吉が演じたペーペル、滝沢修のルカ、仲代達矢のサーチンなど数々の当たり役を生んだ。 PR情報この記事の関連情報 |