現在位置:asahi.com>文化・芸能>芸能>テレビ・ラジオ> 記事 〈ギャグの伝説:3〉萩本欽一 きっかけは「やけくそ」2007年01月05日10時21分 萩本欽一(65)と坂上二郎(72)が66年に結成したコント55号。萩本のギャグといえば、坂上にツッコミを入れる「なんでそ〜なるの!」だ。語尾を上げて叫び、ジャンプする。「ネタに自信がないから、やけくそだったんですね」。それが大ウケした。
結成当初は萩本がボケ役で、全くウケなかった。すぐに入れ替わることになり、ツッコミの必要が出てきた。「交通整理みたいなもので、注意するわけですよね」。師匠の池信一が、たった一つ教えてくれたことを思い出した。「『10年間大きな声で怒鳴ること』。そうか、ウケないときは怒鳴るのがいいだろうと」。もともと藤山寛美にあこがれていたが、売れない現状から抜け出すために「余計なことを考えず、ただおかしいことだけを追い求めたのが55号」だそうだ。 テレビ出演は「コント55号の世界は笑う」(フジテレビ系、68〜70年)など。マスコミからは「テレビ画面を飛び出す男たち」と呼ばれた。「気がついたら飛んでいた。大きな声出すと、自然と体がついていったんです」。横に動く芸人はいたが、上に動く芸人はいなかった。「子どもが街で『なんでそ〜なるの!』って飛んでる。流行は街でまねされて初めて気づくんですね」 ◇ ギャグ年表 ◇50年代 ■おしゃまんべ 「脱線トリオ」由利徹のフレーズ。両手の手のひらを股にあて、観音開きにして言う。後半の語尾を上げるのが特徴だ。「カックン」も流行語になった。 ■どうもすいません 落語家の林家三平が、頭に手を当てて使ったフレーズ。三平は「昭和の爆笑王」と呼ばれ、テレビCMにも使われた。息子の正蔵もこぶ平時代にまねしていた。 ◇60年代 ■あたり前田のクラッカー 「てなもんや三度笠」(62〜68年放送)で使われたお菓子の生CMのフレーズ。藤田まことが悪役を倒し「俺(おれ)がこんなに強いのも」と言った後に続く。 ■ガチョーン 「クレージーキャッツ」の谷啓。手のひらを突き出し、すぼめながら手前に引く動作に合わせて言う。マージャンのパイを引くときに思いついたという。 ■アッと驚くタメゴロー ハナ肇が「巨泉・前武ゲバゲバ90分!」(69〜71年放送)で披露した。ヒッピー風の衣装で、「アッと驚く……」と言った後に笑って「何?」と締める。70年代 ◇70年代 ■ちょっとだけよ、あんたも好きねえ 「8時だョ!全員集合」(69〜85年放送)の中で、加藤茶が「ストリップ嬢」のまねをして言う。「タブー」という曲が流れ、スポットライトも。子どもたちに人気だった。 ■赤信号みんなで渡ればこわくない ビートたけしの標語的なフレーズ。ツービートとして活躍した漫才ブームのころに生まれた。女子体操選手の名前からきた「コマネチ」なども有名だ。 ◇80年代 ■カラスなぜ鳴くの、カラスの勝手でしょ 加藤と同じドリフターズの志村けんが、童謡「七つの子」を替えて歌う。「アイーン」「だいじょうぶだぁ」「怒っちゃやーよ」「だっふんだ」なども。 90年代 ■聞いてないよォ ダチョウ倶楽部。最初は、体を使った大変な仕事に「そんなに厳しいとは聞いていない」と訴えるときに使った。93年の流行語大賞大衆語部門銀賞になった。 PR情報 |