現在位置:asahi.com>文化・芸能>芸能>テレビ・ラジオ>TV端会議> 記事

〈TV端会議〉植木等さん、あなたは永遠です。

2007年04月22日12時11分

◇投稿募集
■次々週は
 プロ野球の巨人戦中継の視聴率は今年も苦戦中です。さらに中継数も今年から激減し、放送時間の延長をしないケースが多くなりました。今のプロ野球中継に対する意見をお寄せ下さい。人気上昇のための妙案があれば、あわせて。30日(月)必着。
■次週は
 タレントが出演する語学講座やバラエティー系「英語でしゃべらナイト」(NHK)は、外国語を知る良い機会。語学番組への注文やあなたの活用法は? 23日(月)必着。
■投稿方法
 応募はEメールでこちらまで。
tv@asahi.com
匿名・ペンネームでの掲載もOKですが、投稿時は住所・氏名・年齢・電話番号を明記してください。採用分には薄謝を進呈します。朝日新聞紙上で紹介するほか、本社各種電子メディアに収録する場合があります。

 植木等さんへの思いを募ったところ、彼の時代がパッとよみがえってくるようなお便りが届きました。

 「シャボン玉ホリデーが始まった年に小学校に入学。スーダラ節にたちまちはまり、クラス全員で歌って踊ったことも。常識で染められていく私たちのこわばりをときほぐしてくれる、ひたすらおもしろいおじさんだった」(山形市・ノスタルG・52歳男性)、「仕事でストレスがたまった時、無責任男を見るとスカッとした。田舎の映画館でトイレのにおいも漂ってきたが、それも思い出です。植木さんは永遠です」(愛知県・岡田哲・62歳)。

   *

 がむしゃらに生きていた人が多いようにみえる高度経済成長期ですが、悩みは今も当時も同じようです。

 「昭和30年代、職場の新人で、なれない人との対応やミスでしかられた時、昼休みに白黒テレビで見たクレージーキャッツが私の唯一のなぐさめだった。お寺の息子で悩みながら無責任男を演じたと後で知り、本当に惜しい人を亡くしたと思います」(東京都・荒井洋江・70歳)

   *

 家族との思い出をつづってきた人も。

 「昭和30年代、8人の子だくさんで貧乏だった父親は借金までしてテレビを買った。スーダラ節が茶の間に流れ、貧しい食事も笑いの場に変えてくれた。上昇気流に乗っているような気分にしてくれた」(神戸市・高木朝雄・59歳)

 「ワイヤロープの大手企業のサラリーマンだった父が、会社のロープが出るゴジラの映画に連れていってくれた。2本立てのもう1本は植木さんの映画だった。大いに笑い、子どもながら衝撃を覚えた。父が見たかったのも植木さんだったのかなと思う」(広島県・岩田真紀・55歳)

   *

 厳格な大人をもとりこにしたのが植木さんです。

 「小学生のころ、植木さんの歌が流れてくると厳しい祖母がお茶わんとおはしを持ったまま座敷にあったテレビの前に走って行った。二人で笑いながら見たことが忘れられません」(福岡市・東深雪・52歳)、「大人から子どもまで一緒に楽しめたのは、笑いに品があったから。風刺やユーモア、シャレがきいていて、思わずニタッとしてしまい、安心感があった」(横浜市・E.T・56歳女性)。

◆記者もひとこと

 窮地に陥ると「そのうちなんとかなるだろう」とひそかに鼻歌を歌い、軽やかな植木さんを心の友にしていた私。ご本人もこんな方なのだろうと勝手に思いこんでいました。恥ずかしい。訃報に接し、遅ればせながら、植木さんが父親のことを語った著書「夢を食いつづけた男」(朝日文庫)を読み、ご自身はイメージとは正反対の人だと知りました。まじめで繊細で自分自身をごまかさない強靱(きょうじん)な潔さが感じられ……。今、ますます好きになっています。

PR情報

このページのトップに戻る