現在位置:asahi.com>文化・芸能>芸能>テレビ・ラジオ> 記事 朝鮮人特攻兵の石碑を故郷に 女優の黒田福美さんら計画2007年08月18日18時29分 特攻隊員として死んだ朝鮮人青年の名を、故郷の石碑に刻みたい――。女優の黒田福美さんが、長年の念願を果たそうとしている。きっかけは小さな出来事だったが、「両国の人に戦争の悲劇を考えてもらえれば」と黒田さんは語る。
その特攻隊員は、卓庚鉉(タク・キョンヒョン)さん。日本名は「光山文博」。鹿児島の知覧特攻平和会館の記録では、1945年5月、沖縄周辺の洋上で戦死した。当時24歳。特攻を描いた映画「ホタル」で、出撃前夜に「アリラン」を歌う隊員のモデルとされる。 黒田さんが卓さんを知るきっかけは、16年前に宿泊先で見た「夢」だった。青年が現れ、「死んだことに悔いはないが、朝鮮人なのに日本人の名前で死んだことが残念だ」と告げる。意味が分からないが、頭から離れなかった。 やがて「特攻兵では」と思い始める。ソウル五輪のころから韓国通で知られ、韓国ブームの中でテレビのコメンテーターとしても活躍していたが、特攻隊に朝鮮出身者がいたことは、それまで知らなかった。 95年に新聞のコラムに夢の話を書いたことで、靖国神社から連絡があり、卓さんの遺影を初めて見た。知覧基地近くの食堂の娘だった赤羽礼子さんと知り合い、韓国の親族とも交流するうちに「夢の青年」と信じるようになる。 00年夏、沖縄県糸満市の「平和の礎(いしじ)」を訪ねた。沖縄戦の犠牲者らの名を刻む石碑に卓さんの名も刻まれていた。 沖縄で犠牲になった朝鮮人には強制連行された軍属が多いが、日本への協力を知られることをいやがる親族から刻銘の同意を得るのは簡単ではない。黒田さんは、犠牲者の調査を続ける韓国・明知大学教授の洪鍾●(●はにんべんに必、ホン・ジョンピル)さん(71)と出会う。 洪さんの兄は海軍兵だった。各地を歩いて遺族を探し、礎への刻銘の許諾を得るという地道な作業の中で、洪さんは卓さんの本家に当たる親族を探し当てていた。 昨年、二人で卓さんの故郷、韓国南部の西浦(ソッポ)を訪ねた。黒田さんによると、卓さんの墓はないという。「石碑を故郷に建てたい」という黒田さんに村の人が問いかけた。「戦争で大勢が死んだのに、なぜその人だけ?」 洪さんによると、その町でも多くの人が戦争で犠牲になったとみられるという。「卓さんへの思いを通して、多くの人が巻き込まれた戦争の悲劇に思いをいたす」――それが黒田さんがたどり着いた結論だった。 年内にも建立したいという碑の表には、卓さんへの追悼、裏面は戦争の犠牲者を悼む言葉を刻む。 黒田さんは「日本から訪ねてくれる人がいたらうれしい」。洪さんは「日韓の過去の歴史を学ぶ場になったらいい」と語る。 PR情報この記事の関連情報 |