【筒井次郎】京都市中京区の高級貴族の邸宅跡で、「いろは歌」のほぼ全文がひらがなで墨書された土器(1200年前後、鎌倉初頭ごろ)が見つかった。市埋蔵文化財研究所が27日発表した。ひらがなでほぼ全文が書かれた史料では最も古い。当時は紙が貴重品で、ひらがなの練習で書いたとみられる。
研究所が過去の出土品を調べ直す中で、1983年に二条城東側の「堀河院(ほりかわいん)」跡の井戸跡から出土した土師器(はじき)の小皿(直径9センチ、高さ1・5センチ)に書かれているのが判明。小皿は破片9枚をつなぎ合わせたもので裏面に全47文字のうち、薄い字も含め43文字が判読できた。4文字は欠けた部分にあったとみている。
文字は8行分あり、1行目は歌の最後の「ゑひもせす」。2行目から「いろはにほへと」と始まり、一番左の7、8行目が「あさき□めみし」(□は欠損部。「ゆ」と推測)。「あさきゆめみし」まで書いて余白がなくなったため、右の余白に「ゑひもせす」と続けたとみられる。本来「わかよたれそ」と書くべきところが「それ」と逆になり、バランスの崩れた文字もあった。