【鵜飼真】中高年層をはじめ今も子供たちに人気のヒーロー、ウルトラマン。富山県黒部市出身で初代ウルトラマンの主役ハヤタ隊員を演じた俳優黒部進さん(73)のトークショー「黒部進“ハヤタ隊員”が語るウルトラマン」が27、28の両日、同市三日市の市国際文化センター・コラーレで開かれる。古里で初めて企画されたウルトラマンのイベントに臨む黒部さんに、小学生のときに夢中になった53歳の記者が、その魅力や故郷黒部への思いを聞いた。
特集:ウルトラマン――初代ウルトラマンがテレビ放映されたのは1966〜67年。半世紀近く前なのに、今もDVDが発売されたり各地でショーが催されたりするなど人気は衰えません。
はい。トークショーは美術館など全国各地で開かれて、今でもゲストとして招かれる。不思議なのは、会場に50歳前後の男性が大勢いること。子供たちや親子連れもいる。ウルトラマンが、いっときのブームではなかったことを感じる。人気の根強さは、当時より今の方が実感できる。
――それほどの人気がなぜ続くのだと思いますか。
ひとつは、円谷英二監督(故人)ら当時の制作スタッフのコンセプトに、夢・希望・友情というのがあり、物語に盛り込まれていた。子供たちが成長していくのに大切なものとして、訴え続けていた。もう一つは、登場する乗り物や武器などがちゃちではなく、アイデアが斬新だった。例えば、科学特捜隊の飛行機ジェットビートルは、垂直離着陸が可能でどこでも着陸できた。これは現代でも通用する注目の機能でしょう。子供たちの心に刺激と感動を与えたのではないか。
――映画俳優として東宝に入社した若い黒部さんが、子供向けテレビ番組の主役を務めることになったいきさつは。
中央大在学中に新人俳優募集の東宝ニューフェースに採用され、中退して飛び込んだ世界。当時、映画俳優には「テレビには出るもんじゃない」という雰囲気があったが、会社の指示で、逆らうことはできなかった。ウルトラマンの前シリーズに怪獣が出る「ウルトラQ」という番組があり、科学者役で出たことがあった。それが気に入ってもらえたのか、出演依頼が来た。撮影が始まってからは、どうすればいい演技ができるのか、毎日手探りだった。
――芸名は生まれ故郷の黒部からとった、とお聞きします。
東宝に入って芸名を決めるとき、当時のプロデューサーに「どこの生まれだ」と聞かれて「黒部です」と答えた。それを芸名にしよう、とすぐに決まった。当初は故郷を背負っているようでプレッシャーがあったが、今では自分のDNAに組み込まれているような名前です。古里の黒部は、自然が豊かでのどかでたおやかで。新幹線の駅ができるなど新しいものが増えても、おだやかな古里の魅力は変わらないでしょう。
――今回のトークショーはなぜ黒部で。
会場のコラーレには、設立後から運営委員として携わり、定期的に料理教室などを開いてきた。ウルトラマンに関しては、過去に撮影監督と一緒にトークをしたことがあったが、今回は会場にウルトラマン、怪獣ピグモンも来て、上映会もある初の本格的なイベントになる。当時を知る世代には懐かしんでもらい、子供たちには楽しんでもらえると思う。
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ショーは27日午後3時、28日午前10時、同日午後3時の計3回。チケットは全席自由で一般は前売り1500円、当日1700円、高校生以下は前売り800円、当日1000円。販売、問い合わせはコラーレ(0765・57・1201)。