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【編集委員・河原理子】日中戦争を現地取材し、残虐性も持つ兵士の本当の姿を伝えようと石川達三(1905〜85)が書いた小説「生きている兵隊」は、38年に発禁処分となった。「安寧秩序を乱す」として、有罪判決まで出た言論弾圧事件から75年。達三の遺族が近く、その裁判記録を秋田市の記念室に寄贈し、保存を託す。
社会派作家として知られた達三は、30歳だった35年、「蒼氓(そうぼう)」で第1回芥川賞を受賞。中央公論社の特派員として、37年12月下旬から翌年1月まで上海や南京に行き、日本兵の話を聞いた。取材を元に、略奪、放火、女性の殺害や、いのちに鈍感になっていく日本兵の様子を小説で描いた。
〈他の兵も各々(おのおの)……まくった〉などと、編集部によって意味が通らないほど伏せ字にされて「中央公論」38年3月号に掲載されたが、発売前日、発禁に。後にこの小説を削除して雑誌は発売されたが、達三と、編集長・雨宮庸蔵、発行人・牧野武夫の3人が、当時の新聞紙法違反の罪で起訴された。