DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル
2017/10/11

あの時、母が頑張ってくれたおかげで今の私がいる 里親家庭で育った遠藤亜美子さん

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神奈川県内の病院で働く遠藤亜美子さん(25)。看護師になって3年目。現在はHCUで重症患者を担当している。 「看護師になろうと考えたのは高2の頃。一番の理由は、手に職がつくから。それに、奨学金も間違いなく返せます。自分の思いを母に伝えると『やりたいと思うならやりなさい』と言って、学校や制度のことを一緒に調べてくれました。私より母の方が動いてくれていましたね」

里親家庭で育った
遠藤亜美子さん

東京都在住。生後1カ月から乳児院・3歳から児童養護施設で育つ。制度の規定にのっとって18歳からは一人暮らしをしている。

夢を後押ししてくれた〝母〟というのは、育ての親、山本節子さん(67)のことだ。亜美子さんは小学5年生の時、町田市の山本さん夫婦のもとに里親委託された。当時、山本さん宅には二人の実子と、亜美子さんより年下の里子二人が暮らしていた。

「はじめは、しょせん他人だからと思っていました。呼び方も『おじちゃん』『おばちゃん』と他人行儀だったし、怒られると絶対私から口をきこうとはしないし。難しい子だったと思います」

それでも節子さんは、付かず離れず淡々と接してくれていたという。そんな関係に変化が訪れたのは、中学3年生のとき。

「生い立ちを知りたいという私の願いを知った母が、児童相談所へ掛け合ってくれて、生みの親や家族構成のことを教えてもらうことができました。母のおかげで自分が何者かがわかり、ようやく気持ちが落ち着きました」

高校に入った頃には「お父さん」「お母さん」と呼んでいた。「あの頃、あの人が頑張ってくれなかったら、私はあそこにはいられなかった。ということは、今の私もいなかったということなんでしょうね」

今も疲れたときに自然と足が向くのは、山本さん夫婦や大勢の兄弟が集う町田の〝実家〟だ。 「早めに帰ることがわかっている時は『帰ったら煮物作って』とLINEをすることも。帰っても、部屋で寝ているだけだったりするんですけどね(笑)。いつでも帰ることのできる場所があるってありがたいなぁと、社会に出てから思うようになりました」

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