2017/12/28

大学生ら9人×岩手県復興局による朝日新聞DIALOGセッション「いわて三陸で元気になる、いわて三陸を元気にする」

塚本拓真(POTETO)、呉本謙勝(POTETO)with 朝日新聞DIALOG編集部

12月9日、東京都文京区で岩手県が主催するシンポジウム「いわて三陸復興フォーラムin東京」が開かれた。東日本大震災からの復興に関する情報発信のほか、釜石市で2019年に開かれるラグビーワールドカップや2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けた機運を高めることを目的としたイベントだ。

終了後に開かれた、朝日新聞DIALOGのセッションでは、震災の被災地支援に関わった経験のある学生や、被災地出身の学生らが、岩手県復興局の職員とともに「いわて三陸で元気になる、いわて三陸を元気にする」をテーマに語り合った。

ちなみに私、塚本は静岡県菊川市で生まれ育った。いずれは地元で就職したいと考えているが、静岡県を中心とする東海地方は「大地震が起こる」と言われ続けているエリアでもある。もし、地元が震災で大きな被害を受けてしまったら。それでも僕は、地元に戻るという意思を持ち続けられるだろうか。被災地出身の学生は、地元に対してどんな思いを抱いているのだろうか。そんな問いを胸に今回、初めての取材に取り組んだ。

参加者はこちらの方々。
岩手県復興局 佐々木信 局長
岩手県復興局復興推進課 酒井淳 推進協働担当課長
岩手県復興局復興推進課 森英介 主査

学生はこちら。

①木村 聡
慶應義塾大学大学院修士課程1年。 東日本大震災で津波による大きな被害を受けた岩手県陸前高田市を中心に、復興支援に取り組むNPO法人SETのメンバー。地方の人口減が進む中、真の豊かさとは何かを考え活動している。大学院修了後は陸前高田で暮らそうと計画中。

②都澤 花菜
上智大学4年。宮城県出身。東日本大震災当日は中学校の卒業式だった。ライフラインが途絶えたことで、そのありがたさに気づく。資源問題と隣国関係、特にロシアとの関係に興味があり、春から石油会社へ就職する。

③斎藤 優花
日本大学3年。福島市出身。同じく東日本大震災当日は中学校の卒業式だった。NPO法人「チームふくしま」で、インターン生として活動。全国と福島をつなげる、「福島ひまわり里親プロジェクト」に携わる。

④手塚 麻穂
慶應義塾大学卒。来春から社会人に。大学ではジェンダー学を専攻し、ノルウェーに留学。留学前に、「日本を理解し、世界で活躍する」をスローガンとする学生団体JISSのメンバーとして、宮城県女川町を訪問。

⑤塚田 耀太
慶應義塾大学4年。Youth Action for Kumamoto創設者。高校時代から震災復興支援に取り組む。2016年の熊本地震の際には、Google マップやFacebookを活用して、給水や炊き出しの情報などを発信した。

⑥今野 友彰
青山学院大学4年。仙台市出身。大学進学で上京後、宮城県塩釜市へのボランティア派遣を企画した。夏休みに学生約100人を派遣し、教育や漁業、観光等の分野で支援活動に取り組んだ。

⑦成田 峻平
明治大学3年。仙台市出身。東日本大震災を機に、衣食住などのライフラインが断たれる経験をし、それらに対する感謝の念を持っていなかったことを痛感。大学ではまちづくりのゼミでゼミ長を務めるほか、落語研究会に所属。食に関心があり、都内でおでんの屋台をやったりもしている。

⑧國松 希位太
早稲田大学4年。福井県出身。大学では、コミュニティと防災について学んでいる。平時における防災への備えや気象学、災害発生時の初期対応、救命救急の基本などを知りたいと考え、防災士の資格を取得した。

⑨青木 優(司会)
お茶の水女子大学4年。東京都出身。大学生を子育て世帯に派遣し、子育てとキャリアの両立について考える機会を提供している会社「manma」の副代表。大学時代はフィンランドや台湾に留学。

座談会前に、各自が「こんなアイデアでいわて三陸を元気にしたい」というアイデアをフリップにまとめました。

青木:それでは、岩手を盛り上げるために「こんなことができるんじゃないか」ってアイデアを、我々大学生の視点から話していきたいと思います。順番にプレゼンをお願いします。

木村:NPOの活動で、春休みも夏休みも陸前高田にいることが多いので、その視点で考えました。人口が減少する中でも、豊かな街づくりをしたい。好きなことをどんどんやっていけるような。日本の人口が減っているんだから、陸前高田の人口だけを増やそうとするのは無理なんじゃないかと思います。でも減るからこそ、そこにチャンスがあるかもしれない。経済的なメリット以外でも、そこに住む理由ができるようになったらいいなと思います。

具体的には、この街にチャレンジするために来る人をもっと増やす環境を作りたい。実際に、首都圏から地方へ転職した知人が言っていました。「大きな街だと、自分は経済の歯車になってしまう。でも地方では、経済のエンジンになれる可能性がたくさんある。だからこそ、ここで働きたいんだ」と。実際、小さなコミュニティーのほうが自分の声が届きやすい。ここに来れば、あなたの好きなことができるんだよっていう街づくりをすることで、新しい価値をつくり出したいと考えています。

佐々木復興局長:Iターン者への支援を始め、移住に向けた取り組みも実際に始めています。ただ、何かにチャレンジできる、ということよりは、岩手の良いところをPRすることに重きを置いた形での説明が多いかもしれません。

都澤:私は宮城県出身で、震災を経験しているので、いわば当事者。でも、そうではない人たちは、そもそも震災を日常から離れたもの、重いもの、タブー視されているものととらえているように思います。そういう人にも震災のことを知ってもらうには、アートの力を借りるといいと思う。たとえば、最近人気の野外映画祭というのは、興味を持ってもらうフックになるのではないかと思います。

もう一つが、芋の子汁です。里芋とか肉とかが入った豚汁みたいなものなんですけど。東北ではよく芋煮会といって、秋になったらそれを地域の人たちと一緒に作って食べる習慣があるんです。なので、東京で芋の子汁を岩手の人たちと一緒に作って食べたいなと。その過程で、現地の人と交流して、震災や東北に関心がない人も巻き込んでいきたい。あと、日本にいる外国人留学生も実は震災のことを知りたいと思っている人が多いんですが、なかなか機会がない。なので、様々な交流を深めるきっかけづくりとして、芋の子汁を食べながら野外映画祭を開くことを提案します。

斎藤:福島出身なので、東北地方の魅力を若者に訴えることができるようなイベントを作りたい。復興の中心を担うのは若者だからです。具体的には、岩手県の企業による就職説明会in東京ですね。岩手の企業の入社5年目くらいの人に東京で会社説明会をしてもらって、IターンやUターンにつなげていけるといいなと思います。

手塚:被災地出身でも、復興支援団体の一員でもないのですが、震災を疑似体験できる場をつくるのはどうかなと思いました。例えば。震災の映像をVR(仮想現実)で見られるようにして、実際の津波や地震を肌感覚で味わってもらうとか。今もウェブ上には震災関連の様々な資料や情報が載っていますが、関心のない人はアクセスしません。なので、VR体験ができる場を駅など公共の場に常設し、震災に目を向けるきっかけを作りたい。そうすれば、実際に被災地に行ったり、ボランティアをしたりと、被災地支援につながる足がかりが作れるように思います。

塚田:僕も体験型の機会を取り入れることに賛成です。例えば代々木公園に仮設住宅を建てて、炊き出しとか、仮設住宅とか、被災者が送った生活をそのままリアルに感じ取れる場を作りたいと思っています。たまたま通りかかった人が『何やってるんだろう、面白そうだな』くらいの感覚で参加してくれることを想定しています。更に、VRのコーナーも作りたい。今まで関心のなかった人も、心に引っかかるような仕掛けを作りたいです。

今野:実はVR企画は学園祭でやったことがあります。陸前高田で活動する団体に、現地を360度パノラマカメラで撮ってもらい、学園祭で放映しました。VRで見ると、未だ復興の進んでいない地域の大変さをリアルに感じられます。こういうテクノロジーを利用して、被災地の現状を肌感覚で知ってもらうのは「入り口」としてはいい。実際、かなり好評でした。

でもやっぱり一番大事なのは、実際に現地に足を運ぶこと、現地のコミュニティーに触れることだと思います。行けば、人って変わるんですよね。僕は大学で、これまでに一度も東北を訪れたことのない学生を宮城や陸前高田に連れていき、現地の人と交流してもらう活動を続けています。参加動機は「なんとなく、今の東北を見てみたい」「友達を作りたい」という軽いノリなんですが、1週間のプログラムを終えると、ほぼみんな東北が好きになる。
そして、個人的に東北旅行に行くようになったり、震災のことを調べるようになったり、ニュースに関心を示したりするようになるんです。

僕自身も旅行好きで世界遺産とかもいろいろ見たんですけど、一回見たら「もういいかな」ってなる。でも、学生たちが何度も東北に行くのは、仲良くなった人たちに会いたいからなんですよね。東北の人たちは人情味に溢れた人が多いんですよ。ちなみに僕も仙台出身です(笑)。やっぱり、現地のコミュニティーに触れることが大事。大学と街で協定を結べば、多くの若者が東北に行くためのきっかけができるので、この仕組みを整備していきたいと思います。

成田:震災を風化させないというテーマで、個人としてできることを考えてみたんですけど、実際に震災が起きた時にどう動けるかなんじゃないかと思いました。例えば、地震が起きたとして、自分がペットボトルを2本持っていたら、1本は誰かにあげられるじゃないですか。そういうことができる人になれるのかどうかということが大事だと思っています。

イベントとして考えたのが「Letter Bar」というアートプロジェクトです。カフェやホテルを借り、震災を経験した子どもたちの絵を展示して、それを見た人が感じたことを手紙に書く。絵や手紙で震災に対する思いを表現することで、震災を風化させない効果があると思います。

國松:風化とは、震災の教訓を次の震災に生かせないことだと僕は考えています。じゃあどうするか。様々な被災地の経験をストーリーにすることなんじゃないかなと。「なぜ、この町では多くの命が助かったのか」「震災の後、何が良くなったのか」というストーリーをたくさん集めて、得られた教訓を自分の住む街に当てはめていくことが大事だと思うんです。

例えば大船渡では、人口に対する死傷者数の割合が他の地域に比べて低かった。一方で陸前高田は高かったんですね。現地の人によると、「大船渡は昔から『津波があったら逃げろ』という防災教育ができていたからだ」と。じゃあなぜ、大船渡ではそういう教育ができたのだろうかと。一人ひとり、一つひとつの街のストーリーを追っていかないと、そこは見えないんじゃないかと思いました。

もう一つが、震災の後、何が良くなったかっていうのを考える時の視点です。高台に移転したり、防波堤を高くしたりというハード面の整備が進んだことだけじゃなく、外からの支援を受けることで、街が外に向かって開いていったっていうのも大きな利点だと思います。これから防災を考える上で、とても大事なことじゃないかなと思うんです。地元住民だけでなく、外からいろんな主体が入ってくることで復興が進む。そういう復興のあり方を見せていくことが、岩手の復興だけでなく、全国の防災意識の向上につながってくるのではないでしょうか。

青木:結局、どうして大船渡の死傷者数の割合は低かったんでしょう?

國松:調べてみたんですけど、分かりませんでした。ただ、陸前高田で助かった女子高生の話だと、津波が起きた時、周りの人たちは「何で高台まで逃げるの?」って感じだったそうなんですが、大船渡では皆が皆『逃げろ! 逃げろ!』という雰囲気だったらしいんです。

塚田:どこの地域だったか、「津波が起きたらここまで逃げろ」という目印の石碑に向かって逃げるような風習があると聞いたことがあります。

佐々木復興局長:様々なアイデアをありがとうございます。東日本大震災当時、現場で何が起きたのか、そして今、どういうふうに復興の歩みが進んでいるのかっていうのを知ってもらうことが一番大事だと、私も思います。そのきっかけが、今日のような座談会の機会であったり、全国各地で行われているフォーラムだったりすると思うんですね。震災から数年たつと、マスコミの報道は潮が引くように減っていきます。復興を進めていく立場の人間としては、様々な仕掛けを自らつくり、情報発信していかなければならないと思っています。

我々としては、現地に来てもらうためのツールを用意し、被災地との接点を持つ人を増やしていきたい。陸前高田市は、廃校になった中学校の校舎を交流活動拠点として整備し、今年は立教大学と岩手大学の学生の交流プログラムを実施しました。海外の大学にも、陸前高田を視察するプログラムを組んでいるところがあります。徐々にそうした関係を深め、広げ、継続していきたいと考えています。

青木:今までの話にあったものの中で実際に、実現段階に持っていきたいものはありますか?

今野:食に関するアイデアはいいなって思いました。入り口としてのとっつきやすさ、実際にイベントに来たいと思わせるのが大事ですよね。

國松:おそらく、首都圏に住む人たちが岩手まで足を運ぶ機会はなかなかないと思うんですよね。そういう意味ではVRを使って「岩手のいいところ丸ごと体験」っていうのをできたら素敵ですよね。ただ現地の人と直接交流したり、何らかの形で現地の良さを直接味わうってのが一番大事かと思います。僕も大船渡で食べた牡蠣の味がうますぎて忘れられなくて、月に一度は夢に出てきます(笑)。

佐々木復興局長:かつて、食や観光など岩手をまるごとPRするイベントを都内で開催していました。「岩手は元気ですよ」というのを前面に押し出していきたいとは思っています。
ただ、そうした前向きな取り組みの一方で、今なお仮設住宅での暮らしを余儀なくされている多くの方たちのことも考える必要があります。「我々はまだこういう状況なのに、イベントや交流の方が大事なんですか?」と考える人もいるんですね。仮設住宅で生活されている方々の気持ちに寄り添いながら、岩手をよりよくするための施策にも取り組む。簡単ではないですが、取り組んでいかなくてはならない問題です。

青木:「岩手の食材は大丈夫なの?」っていう意見は、今でもあったりするんですか?

佐々木復興局長:風評被害はいまだに根強いです。放射線の数値には問題がないものでも、輸入規制を続けている国もあります。

青木:長くかかる復興と、被災者に寄り添いながら新しいことに取り組むバランスは本当に大変だと思います。ところで実は私も今回、アイデアを持ってきました。「リモートワークのまちづくり」はどうでしょうか? テクノロジーが発展し、在宅ワークが可能な職場は増えつつあります。

東京の仕事をテレワークで請け負い、ご飯がおいしく、自然豊かな地方の街で暮らす。そういうニーズは、少なからずあると思っています。「働き方改革」が叫ばれている今の情勢に加えて、東京への一極集中を解消する点からも、地方暮らしはこれからの時代に必要なことになってくるのではないでしょうか。

これからの復興のこと、人口減で過疎化が進む中でも、岩手に自然と人の足が向くような、そんな街づくりができるよう、我々若い世代がこれからも考え続けていきましょう。本日は皆さんありがとうございました!

【終わりに】
復興のために、僕と同じ学生がこんなにも積極的にボランティアやNPO活動などをしていることにまず驚いた。そして、岩手県復興局の方々が、前向きな政策と、被災者の気持ちに寄り添う施策とのバランスに悩んでいることも分かり、悩ましいと感じた。

震災で家族や財産を失った方、自宅に帰るめどの立たない方たちの「ケア」には時間がかかることだと思う。それでも、ボランティアやNPOなどによる前向きな復興への取り組みを止めてはならないと感じた。一学生の僕に何ができるのか、答えは分からないが、まずは陸前高田にボランティアとして足を運んでみようと決意した。今野くんの「行けば、変わる」という言葉を信じて。

AUTHOR…塚本拓真/1995年生まれ。静岡県出身。早稲田大学社会科学部2年。前職はホスト。2浪。大学では英字新聞会の幹事長を務める。ゲテモノを食べるなど、謎コンテンツで勝者が決まる「早稲田王決定戦2017」でファイナリストに選ばれる。小学生の頃からの愛読書は「島耕作シリーズ」。座右の銘は「Respect each other」。

EDITOR…呉本謙勝/1994年生まれ。大阪市出身。慶應義塾大学法学部政治学科4年。専攻は国際関係論で、ワシントンDC留学中は米大学院で学生研究員を務めた。現地テレビ局でトランプ政権の報道に従事した経験からメディアの情報発信方法に興味を抱き、帰国後POTETOに参加。

POTETO…「政治をわかりやすく伝える」学生のチーム。2016年末に発足し、2017年末に株式会社「POTETO Media」に法人化。「リテラシーインフラの整備」をミッションに掲げ、①日々のニュースや、様々な社会的トピックを動画やイラストで伝えるメディア事業②社会課題をテーマにした出前授業を行う教育事業③NPOや政治家など、ソーシャルな活動を行う主体の情報発信のサポート事業などを展開。

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