2018/06/07

二極化した多様な能力、社会をどう生きるか
落合 陽一さん AIフォーラムレポート

朝日新聞DIALOG編集部

ピクシーダストテクノロジーズ(株)代表取締役
メディアアーティスト
筑波大学 准教授/学長補佐

「朝日新聞DIALOG AI FORUM 2018」の初日に登壇した、研究者にしてメディアアーティストの落合陽一さんが語ったのは「二極化した多様な能力、社会をどう生きるか」です。AI時代を迎えるうえで私たちが考えておくべきポイントについて、「最適化」をキーワードに説き起こしました。

最適化できるもの、できないものの差分を考える

日本では、あと10年もすると60歳以上の有権者が全体の半数を超えます。そうなると意思決定としては福祉政策を減らせなくなります。これが我々の社会が直面する問題の一つです。若い働き手が減ることへの対策を考えたとき、やはり出てくるのが機械での支援。例えば、福祉の現場では、AIによって車椅子を自動で動かしたり、最適なケアを行ったりするためのリサーチや実装が必要になります。さらに時代が進んで65歳以上の人がどんどん増えると、視力や聴力が弱ったくらいでは引退できなくなります。パワードスーツを着たおじいちゃんが機械と一緒に働く。そんな光景もあり得るでしょう。

人間の体をどう最適化するかについては、多くの大学や企業が研究しています。例えば、網膜に直接映像を投影する技術や、耳が聞こえない人に音を届けるデバイス。多様なアクチュエーターやディスプレーをどうやって組み合わせれば人間の能力の拡張につなげられるか、というのは重要なテーマになっています。腕に電極をくっつけて直接筋肉を動かすと、左右の手で違った動きを実現できますが、これを頭で考えてやるのはけっこう難しい。ですが、一度、手を動かしたことがあると、電極を外してもできるようになる。要は、脳からの出力で覚えるのではなく、筋肉をまず動かしたら脳も覚えるわけです。

機械学習と身体性能のいいとこ取りといったことも考えられます。しかし、例えば、ろう学校に通う方は全国で1万人ほどと小さなマーケットのため、その方たちに便利なデバイスを作ろうとしてもビジネスにするのは難しく、なかなか普及しないのが現状です。ですから、多様性に対応するには、エンドユーザーが自分でAIをプログラミングできるかどうかが非常に重要で、プログラミングしやすいインターフェースを作ったり、考えたりする必要があります。

これからはモノの最適化がおそらく重要になっていくのですが、そうした社会デザインやモノ作りを担う人材を育てるうえで何が大切なのか、ということについて、大学教員をしているとよく考えます。

今までの社会は、エンジニアリングとデザインができればそれでよかったのでしょう。でも、個別性の高いプロダクトを考える際は、アートとサイエンスを学ぶ必要があります。例えば、砂漠の中にオレンジの木があって、そのオレンジを搾ると最高においしいジュースができる。しかし、1杯10億円。「飲みますか?」と聞かれたときに飲むのが「アート」で、ジュースに何が含まれているのかを探すのが「サイエンス」。極端な話に思われるでしょうが、砂漠の真ん中に重力波を検出する機械を作るなんて、まさしくそのようなもの。それでもやる人は、重要だと考えてやるんです。

まだ見ぬ価値、誰も見たことのない価値を探していくのは、おそらくは、今の最適化計算の中にはない。最適化できるものと、できないもの。この差分を考えながらどうやって生きていくのか、ということが、これからのキーだと考えています。

落合陽一
1987年生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の早期修了)、博士(学際情報学)。大阪芸術大学客員教授、デジタルハリウッド大学客員教授を兼務

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