2018/08/03

岩手の田んぼから広がる循環ビジネス
銀行員から経営者へ、発酵に魅せられ広がる世界

朝日新聞DIALOG編集部

岩手県南部の米どころ・奥州市に広がる一面の田んぼ。
その片隅に、食用ではない米を栽培している一角があります。収穫した米は発酵させて、化粧品の原料や家畜のエサに変身します。エサを食べた鶏の卵は人間が食べ、鶏の排泄物は田んぼの肥料に。捨てるものがない地域循環ビジネスに取り組むのは、株式会社ファーメンステーションの酒井里奈社長(45)です。もともと金融業界で働き、「経営者になるつもりなんてなかった」という酒井さん。循環ビジネスをきっかけに地元農家のネットワークが生まれ、東京や海外からツアー客が集まるなど、人々の輪も広がっています。

休耕田のお米からエタノールをつくる

ファーメンステーションは2009年設立。東京都墨田区の本社と奥州市のラボに計5人の従業員がいます。米をラボで発酵させて、エタノールを製造することが事業の主軸。米は休耕田を活用して農薬や化学肥料を使わずに栽培し、できたエタノールはアウトドアスプレーなどのオリジナル商品の原料になるほか、化粧品メーカーにも卸しています。エタノール抽出後に残る米もろみ粕は1週間で数百kgにもなりますが、それも全て鶏のエサやせっけんの原料になります。スプレーやせっけんなどの製品は、都内の百貨店などで販売されています。

ファーメンステーションの酒井里奈社長

「いい香りがするから、かいでみて」と酒井さんに言われ、米からできたエタノールの入った小瓶に恐る恐る鼻を近づけると、びっくり! つんとしたアルコール臭がするかと思いきや、日本酒のようなおいしそうな香りがしました。米もろみ粕も栄養価が高く、肌にいい成分も含まれているそうです。

廃業したせんべい屋の一部を間借りした奥州ラボの広さは、約45平方メートル。発酵させる大きな釜と蒸留装置が置かれた、こぢんまりとした空間です。ここで発酵作業から出荷までを一手に担う社員の及川拓郎さん(38)は「エタノール製造というと大きな工場をイメージするけど、このサイズでできるのがメリット。アルコール濃度は無水エタノールほど高くないですが、雑味を残したほうが香りがよくて好評です」と話します。

大きな釜の中を小瓶で再現。お米と酵母を入れると、プツプツと発酵し始めた

金融の世界から転身「飽きないことをしたかった」

酒井さんは大学卒業後、「総合職で働けるから」と銀行員になりました。そこで6年勤めたあと、ベンチャー企業や証券会社にも身を置きました。金融の世界を渡り歩いてバリバリ働くなかで、なぜ岩手の田んぼに行き着いたのでしょうか。

「銀行では2年おきに転勤し、転職もして、仕事がころころ変わるなかで、飽きないことがしたいと思っていたんです。学生時代から社会課題の解決にぼんやりと興味があり、銀行員のころは自然エネルギー事業にも関心がありました。そんなときに、生ゴミからエタノールがつくれることをテレビで知って、『これだ!』と思った」

直感に従って会社を辞めた酒井さんは2005年、テレビに出ていた教授がいる東京農業大の応用生物科学部醸造科学科に入学。発酵の研究にのめり込んでいきました。大学卒業後、バイオマス利用のコンサルタントになろうと会社を設立。奥州市との出会いは、ちょうどその頃でした。

「水田の景観を守りたい」という農家の思いが出発点

稲作が基幹産業の奥州市は、米の生産調整であちこちに休耕田が増えました。夏には青々と茂り、秋には稲穂で茶色く染まる水田の風景が失われることに胸を痛めた米農家のなかに、食用以外の用途で米を作ろうと考えた人たちがいました。そこで市は、東京農大などの協力を得て燃料用に米をエタノール化するプロジェクトを開始。酒井さんが所属していた研究室が関わっていたことから、2010年に始まった実証実験に酒井さんもコンサルタントとして参画しました。

しかし、手作りのエタノールは生産コストが高く、燃料として販売するには採算が合わないという結論に。農家の人たちは事業化を諦めかけましたが、酒井さんは化粧品原料としての活路を提案し、会社として市から事業を引き継ぐことを決めました。プロジェクトに携わり、現在はファーメンステーションが使う米を栽培している、農事組合法人アグリ笹森の組合長、織田義信さん(66)は「当時は雲をつかむような話で、うまくいくかもわからん。かなりの勇気と決断が必要だったと思う」と振り返ります。酒井さん自身も、そのときの決断を「想定外だった」と言います。

アグリ笹森の織田さんは「水田は生き物の生息の場でもあり、洪水防止にもなる」と話す

「誰かがやるのを支援するつもりでいたら、誰もやる人がいなかった。プロジェクトには可能性があると確信していたのに、このままでは何もなかったことになってしまう。だったら私がやろうと決めました」

売り上げ予測もできず、取引先ゼロからのスタート。それでも酒井さんは、「やるしかないから仕方ない。さほど大変とは思わなかった」。米がうまく発酵しない、発酵装置が壊れたなんてトラブルはしょっちゅう。突風でラボのシャッターが吹き飛んだこともありました。しかし、それよりも大変なのは、開拓した取引先に製品をきちんと安定供給し続けることでした。

「関わる人が増えると、やめられないし責任が増す。その分、つらいことも増えるけど、面白いです。会社を経営しているという実感がヒリヒリするほどあります」

広がる共感の輪「会社を成長させたい」

ファーメンステーションという社名は、日本語に訳すと「発酵(fermentation)の駅(station)」。休耕田の米のような未利用資源を、発酵という「駅」を通過させることによって、化粧品の原料や家畜のエサといった有益なものに変えるという意味が込められています。循環ビジネスは関心を集め、東京や海外からの見学客が相次ぐように。酒井さんを中心につながった米農家や養鶏農家らで地域団体をつくり、見学ツアーなども開催しています。

ファーメンステーションの米もろみ粕をエサにしている養鶏農家の松本崇さん(35)は、「夏は鶏の食欲が落ちるけど、発酵の香りが食欲をそそるようで、よく食べる。産む卵の量も安定しました」と話します。松本さんがエサを持って鶏舎に入ると、鶏たちはコッコーと鳴きながら勢いよく集まってきました。300羽の鶏が1日200個産む卵は地元に出荷されますが、東京から買いにくる人もいるそうです。「地域循環の仕組みに興味をもって買ってくれるお客さんが増えた。酒井さんがみんなをつないでくれたことで、それぞれにファンができたことは大きな変化でした」

松本さんの養鶏場で採れた卵は「まっちゃんたまご」として人気

酒井さんは昨年、初めて資金調達をして会社の財布を大きくしました。その理由を、「見学のお客さんが来たり、お米が売れたり、思ってもみなかった良いことが起きている。そういう周囲の反応から、私たちのやっていることの意義を改めて確信して、会社をもっと成長させたいと考えるようになりました」と語ります。

目指すところはまだまだ先

小学5年と2年の兄妹の母親でもある酒井さん。育児と会社経営の両立は、「大変!!」と語気を強めつつ、「でも、そんなにハンデは感じないかな」と言ってカラッと笑いました。「子どもを理由に、仕事で変えたり、諦めたりしたことは一つもない。子どもたちにはできるだけ私の仕事を見せるようにしていて、岩手にも何度も連れて行っています」。岩手で仕事をしている間は、奥州市の地域の人たちが面倒を見ていてくれるそうです。

酒井さんはこれから、循環ビジネスの基点になる工場を他の場所にもつくりたいと考えています。「小規模な設備でもエタノールをつくれるのが、私たちの強み。安くて、手軽で、簡単に循環ビジネスをできるこの仕組みを売っていきたい。原料調達から商品開発、販路開拓まですべて自分でやってきたことは、事業を広げるうえで武器になると思っています。目指すところはまだまだ先。こんなに小さくやっていたら、もったいない!」

奥州ラボの道を挟んで反対側にも田んぼが広がっている

目をキラキラさせながら会社の未来を語り、パワフルに動き回る酒井さんこそ、たくさんの人が集まる「駅」のような存在だと感じました。

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