DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル
2019/09/03

明日へのレッスン6
社会学者・上野千鶴子×朝日新聞DIALOG
若者が子どもを育てたいと思える社会に

Written by 溝口恵子 with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 恵原弘太郎

次代を担う若者と第一線で活躍する大人が世代を超えて対話する「明日へのレッスン」。第6回は、今春、東京大学の入学式での祝辞が話題になった上野千鶴子・同大名誉教授(71)に、若者たちが様々な質問をぶつけました。上野さんは日本のジェンダー研究のパイオニアで自身もフェミニスト。現在は認定特定非営利活動法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長を務めています。

上野さんにインタビューしたのはミレニアル世代の2人。若手クリエーターによるインディペンデントマガジン「HIGH(er)magazine」編集長で、株式会社HUGを設立したharu.さん(24)と、東京大学を卒業し、外資系コンサルティング会社で働く傍ら株式会社POTETO Media事業戦略室長を務める 帆士ほし大貴ひろたか さん(23)。さて、どのような対話が生まれたのでしょうか。

東大男子は既得権益集団

上野: では、入学式のスピーチの話題からいきましょうか。まずはご感想など。

左から、帆士大貴さん、haru.さん、上野千鶴子さん

帆士: あのスピーチでは、「性差別は東大も例外ではない」「頑張れば報われるのは、努力の成果ではなく環境のおかげであることを忘れないで」といった部分が注目されましたが、「東大には他大学の女子のみ参加を認める男子サークルがあると聞いた」という一節もありましたよね。まさに僕、そこに入っていたんですけど……。

上野: 本当? どんなサークル?

帆士: テニスサークルです。

上野: インカレテニサーね。

haru.: 東大のサークルって、他大学の人も入れるんですか?

上野: 東大男子と他大学の女子が入るんです。東大女子は入れない。それで帆士さん、入った成果はどうでしたか。ちゃんと他大学女子は、ガールフレンドになりましたか?

帆士: そうですね。

上野: よかったです(笑い)。

帆士: でも、東大女子の肩身が狭いという話も、同じクラスの人たちから聞いていました。僕は女性のほうが優秀だと思っていたのに、なんで自分にそんなに自信がないのかなっていうのはすごく不思議で……。

上野: それは自信のなさの表れではなくて、「アホのパフォーマンス」だとは思わなかったの?

帆士: 「アホのパフォーマンス」というのは?

上野: つまり、アホに見せるパフォーマンス。企業に入ってから海外留学した東大出身男子が、いろんな国の女子留学生たちと交流して、「世の中にはこんなにできる女の人がいるんだって初めて思った」と感動して言ったんだそうです。そのエピソードを、同時期に留学していた上智大学の女子学生から聞いたことがある。彼女がゲラゲラ笑ってね、その男の子のことを「周りにいた東大女子が『アホのパフォーマンス』をやっていることに気がつかなかったバカ」って言っていましたよ(笑い)。

帆士: 4年間気づかなかったです、僕は(苦笑)。

上野: ナイーブでいらっしゃったのですね(苦笑)。ということは、東大の女の子はかわいそうだと思っておられた。でも、自分たちは不公正なことをやっているという自覚はなかったのですか?

帆士: 不公正なことがあるというのは認識していましたが、自分はメリットを享受する側だったので、いいかなと思っていた節はあります。

haru.: どうしてサークルに入る前に、他大学の女の子しか入れないというルールに違和感を感じなかったんですか?

上野: グッドクエスチョンだね。

帆士: きれいな女の子と一緒にテニスをするサークルがあるということが最初に事実としてあったので、それを当たり前として受け入れていました。

上野: 他大学女子が東大女子よりきれいだと思われましたか?

帆士: 違います。僕が言いたいのはそういうことではなくて、東大女子は絶対数が少ない。東大女子が1%だとしたら、他大学女子は99%近くいて、その中でサークルに入る女の子のセレクションみたいなことをしていたんです。でも、それは非常に不公平だと思っています。

haru.: 東大の女の子はそういうところに入りたいとは思わないんですか?

上野: 東大女子で、入りたいと思ったけど入れなかったって言っている人もいるし、入ってみたら自分が圧倒的に少数派で、他大学の女子大生は「女子大あるある話」で盛り上がっているのに自分は加われなくて、ちょうど一般職女子の中に紛れ込んだ総合職女子みたいなつらい思いを味わいました、というのはいっぱい聞いた。

haru.: それで、他大学の女の子はどうしてそこに入るのですか?

帆士: 僕の完全な偏見かもしれないですけれど、やっぱりステータスが高かったり、将来が保証されていたりするような男子たちと仲良くなれる場ってそんなにないのかなと。

上野: それじゃ、帆士さんは特権をエンジョイしていたわけだ(笑い)。でも、いくらかは疑問に思わない?

帆士: 疑問には思っていましたが、中にいる側としては、変えることに自分にとってのメリットが何もないって感じていたので……。

上野: それはそうだ。それを「既得権益集団」といいます。正しいよね?

帆士: どうも。既得権益集団の一人です(笑い)。

上野: スピーチの感想はどうでした? そこから話が始まったので。

帆士: 僕は東大以外の大学を知らないから、例えば海外はどうなっているのかなとか、慶応や早稲田はどうなっているのかなというのは少し気になったところですね。

上野: でも、インカレサークルだったら他大学の情報は入るでしょう?

帆士: 東大と、女子大ですよ。

上野: 女子大だって他大学じゃないですか。立派な異文化じゃないですか。

帆士: 異文化に関しては感じることができました。例えば男女がいる中で、演技だったのかどうかは分からないですけれども、女性がちょっと肩身狭そうにしていたという……。

上野: 肩身狭そうにというか、一歩引いているのよね。それは「かわいいパフォーマンス」と呼びます。あなたを脅かしません、っていう。それがウケるんだ、東大男子に。今の話を聞いていてどう思った?

haru.: 結構、衝撃を受けました。私は東京芸術大学だったので、クラスの3分の2以上が女子で、男性はほとんどいなかった。でも、教授は9人中1人しか女性がいないんです。唯一の女性の先生のゼミに入っていたんですけど、ある日突然、先生が「もう現場に戻ります」と言って、いなくなってしまったんです。ジェンダーの問題に関しても男性の教授たちは疎くて、そういう講義もしてほしいと要望したのに全然ピンとこないみたいで、「本でも読めば?」と言われました。すごい男性社会でした。

入学式でのスピーチは歴史的事件

上野: それで、スピーチのご感想はいかがでしょうか?

haru.: 私的には、上野さんはずっと今まで言ってきたことを言っているだけとおっしゃっていたので……。

上野: 当たり前じゃない、そんなの。急に変えたわけじゃない。

haru.: だから、そうだよなと思って。でも、ああいうふうに大学の入学式で上野さんがあれを読み上げる場が確保されたことが、私はすごくうれしかった。そのこと自体が結構、革命的な感じがして。

上野: 東大ブランドがバックについたからね。歴史的事件です。だから、東大当局を褒めてやってください。それから、さっき既得権益集団と言ったけど、システムを責めているのであって、個々人を責めているわけじゃないから勘違いしないでね。別に帆士さんが悪いとかそういうことじゃない。

帆士: いや、よかったです(笑い)。

上野: あのスピーチには、東大男子と東大女子ですごく反応に落差があったでしょう?  もし18歳のときに帆士さんがあそこにいたら、どう思った?

帆士: 18歳の時点で、ですか? あんまり腑に落ちなかったと思います。僕の出身高校は共学でしたけど、男子が多かったので……。東大の1年生なんか男子校出身の人がほとんどじゃないですか。だから、あんまりしっくりこなかったと思います。

上野: 東大進学者のうち、中高一貫私立男子校出身者の比率は非常に高い。そのルートを通らないと進学できないっていうのが、もう早い時期に決まっているのね。スピーチの反響はネガティブなものもあったけど、ポジティブなものが圧倒的に多くて、一番共感度が高かったのが40代女性=ポスト均等法世代でした。「言うに言われぬ、つらい苦しい思いをしてきて、やっと自分を責めずに済むようになりました」とか、熱い反応が来ました。18歳男女にはストンといかないかもしれないな、というのはもちろんあります。18歳女子だって、ずっと進学校できていたら、あんまり性差別を経験してないかもね。

帆士: そうですね。東大の場合はそういう人が多いですね。

上野: あの後、東大の学生と2、3回やり取りしましたが、「3、4年生になったら差別がよく分かった」って言っていました。

「フェミニズムは新鮮」という言葉にショックを受けた

上野: 若い人たちにフェミニストと名乗ることへのためらいがなくなったということを、体で感じています。私の解釈はこうよ。フェミ(ニズム)のパイオニア世代の次の世代は、フェミのたたかれ方をよく知っているからフェミを避けたけれど、さらにその次の世代、フェミニズムやウーマンリブについてポジティブなイメージもネガティブなイメージもない人たちが、「えっ、こんなものがあったの!?」という「発見」をしたのかな、と思っているんだけど、どうだろう?

haru.: 「発見」したとおっしゃっているのは、私たちの世代ですよね。そんな感じはある気がします(苦笑)。

上野: ネガティブイメージがなくなったことは結構だけど、ポジティブなメッセージも伝わっていない。若い人から聞いたせりふで、私がショックを受けたのは、「新鮮だった」って言葉。上の世代の女が何をやってきたかっていうことに関心も払われていなければ、伝わってもいない。あんなにいろいろやってきたのに、ふっと振り返ったら、後ろに誰もいなかったっていうショックなの。世代が一巡したな、というのが私の見方です(苦笑)。

帆士: 今、男女の権利自体は平等になってきている気はします。ただ、男女がフラットな状態に立ったところで、例えば男の子だけにしかできないことや、女の子だからこそやるべきこともあると思っています。こうした男女の違いが大きいことの最大の問題って何なのだろうなと。

上野: ちょっと教えてほしいんだけど、男性だけにこなせる役割、女性だけにこなせる役割って、具体的にどんなもの?

帆士: 女性は、結婚して、家庭を持って、妊娠して子どもが生まれる前にいったん社会からフェードアウトしなきゃいけないじゃないですか。

上野: 育休は権利であって、義務ではない。やっと獲得した権利です。今、男性の育児休暇の取得を義務化しようという議論が出てきていますよ。それをどう思います?

帆士: 僕は嫌だなと思っちゃいます。

上野: なんで嫌? 父親になりたくないですか?

帆士: 仕事をいったんストップさせたくないなって思っちゃいます。

上野: 女性も同じこと思うんじゃない?

帆士: そうなりますね……、勉強します(苦笑)。

上野: もうちょっと具体的に言ってください。女性だけ、男性だけにこなせる役割って何ですか?

帆士: 例えば、力仕事とかは男性しかできないことだと……。

上野: あのね、男は体力があるから力仕事するって、これ、エビデンスで完全に反証可能です。

帆士: そうなんですか?

上野: なぜかというと、労働の性別分離って、歴史的にずっとありますよ。その中で、日常生活を営むために肉体的に一番負荷がかかる労働は何か。しかも毎日やらなければいけないこと。

帆士: えーっと……。

上野: 水くみ労働です。だいたい居住地は水面より高い所にあるので、水くみ労働は過酷な労働なんですね。ところが、世界中を見回しても、「オレは力があるから、水くみを代わってやろう」と男が言った社会はありません。それから、男女ともに出稼ぎ労働者がたくさんいた高度成長期に、一番現場で過酷な仕事をやっていたのは女性たちです。男性は重機を運転する資格を取る。肉体的に楽で、給与の高い労働に就くのが男性で、一番過酷で一番底辺の仕事に就くのが女性という構造ができていました。男がこなせる程度の肉体労働で、女がこなせない労働は今のところありません。

帆士: 申し訳ございません。ありがとうございます。

上野: 子育ては男にはできないと思っているの?

帆士: いや、子育ては男性もできるんじゃないかなと思っています。

上野: 子どもを産んだことで、働き方を変える女性がたくさんいますが、男性はどうして働き方を変えないのでしょうか? 帆士さんも変える気がないっておっしゃったわね。

帆士: それはたぶん、実体験として、子育てはお母さんがするのが当たり前だったからです。それしか知らなかったからです。

上野: そうですか。ダブルインカムは今ほとんどマストですが、あなたは妻にインカムを求めませんか?

帆士: 家庭に入るよりは、別のコミュニティーで仕事をしてほしいなと思っています。

上野: 今のところ、正規雇用の女性たちの該当者の9割は育休を取得しています。男は5%しか取りません。というのも、育休復帰後の査定は必ず下がります。育休取得したこと自体がペナルティーの対象になるかのような評価を、今の企業はしています。だったら誰も取らないよね。

帆士: なるほど。そこがあるから、あまり変わらないのかもしれないですね。

上野: それだけでなく、育休を取れるような安定雇用の会社で、ダブルインカムで働く総合職女性は、総合職男性と結婚します。エリート女は、社内の同じような立場の男に理解と同情があるので、「自分の夫が育休を取ることを要求するに忍びない」と言っていました。そうやって、男性と女性の共犯関係ができるんですね。

haru.: 私の周りは最近、結婚する子が多くて、子どもは今すぐにも欲しいけれど、産んだら仕事は続けられないって、悩んでますね。

上野: あなたの世代でもそういう状況が続いているのね。男性稼ぎ主がシングルインカムで世帯を維持する日本型雇用がずっと続いてきているせいで、少子化にもかかわらず出産がペナルティー対象になるような社会構造ができています。ただ、ようやく待機児童ゼロが政策の優先課題になった。世論の風向きが変わりました。

意思決定権を持っている人たちは、変える必要を感じていない

haru.: #MeTooは日本でもかなり盛り上がりましたが、マスメディアではちゃんと報道されていなかったと感じています。

上野: 私のところに、ジャーナリストからいくつも取材の依頼が来ました。「外国では盛り上がった#MeTooが、日本では盛り上がらなかったのは、なぜ?」というもの。

haru.: でも、すごく盛り上がっていましたよね。

上野: でしょう? で、私ね、その質問自体にすごくむかついたんです。実際にいくつも抗議のイベントがあって盛り上がったのに、取材に来なかったのはどこの誰なんだ。あんたたちが報道しなかったんじゃないかって。あとで私は、ある大手メディアの女性記者から裏事情を聞きました。「取材に行きたい」とデスクに言ったら、デスクのおっさんから「行かなくてもいい」と却下されたと。

haru.: 上が決める、ということ? すごい……。

上野: その記者はもっと怖いことを言っていました。「そういうことが何度か重なると、もう言ってもダメだろう、企画を出しても通らないだろうと思うから、忖度して自主規制を始める」と。現役の記者の話ですよ。

haru.: 伊藤詩織さんの件も、日本語で検索しても全然いい記事が出てこないのに、彼女の名前をローマ字で打つと、ホームページがちゃんと出てくるし、いろんな記事や動画も出てくる。この差はどうしちゃったんだろうなと。大手メディアの裏事情というのはどうなっているんだろうと思っていました。

上野: 私のやっているWANは、自前のネットメディアを作って、動画を撮り、ミニマムな編集をしてアップするという活動をどんどんやっています。マスコミが報道してくれない情報がいっぱいあるので、オルタナティブメディアを作り出さざるをえなかったのです。

haru.: 自分たちのメディアを大きくして対抗するわけですね(笑い)。

上野: 歴史的にいうと、社会変動において、既成の権力組織が自己改革して変化を起こした例なんかないんです。だから、巨大メディアが若者にアピールしようとしている間に、オルタナティブメディアがどんどん伸び、それまでの巨艦は沈没して衰退していくというシナリオがありそうな気がします。

haru.: それはここ数年、少し感じていることです。

上野: ネットメディアをやってみてつくづく思ったけど、参入障壁が低いですからね。

帆士: そうですよね。紙と比べるとだいぶやりやすいですよね。

haru.: 先週、都内の美術館でアートブックフェアがあったのですが、そこでもちゃんとフェミニズムのブースが設けられていたり、彼女たちが ZINEジン (個人で作った冊子)を出していたり。ずいぶん変わったなと思いますね。

上野: ですよね。メディアの質を良くするには、担い手になる女を増やせばいいんです。女性記者が増えて紙面が変わりました。でも、意思決定権を持っている中間管理職以上の人たちが通せんぼしていたら、そこから先に行けません。これまで女性記者は生活家庭部とか学芸部とかに閉じ込められて、外へ出て行けなかったんですが、やっと変わってきました。福祉イシューは長年、生活家庭面でしたが、政治課題だということがはっきりして政治面に移ってきた。それぐらいの変化は起きましたね。でも、女性記者の採用割合が90年代に全体の2割台まで順調に上昇したのに、なかなか3割の壁を越せないという感じがあります。マスコミ各社は率先して、応募者性比と採用者性比を公開してほしいですね。

昨年、東京医科大学の不正入試問題がありました。医師国家資格試験の女性合格者比率のデータをずっと見ていたら、3割までは順調に上がったのに、その後は横ばいになって変化がない。人為的な操作があるんじゃないかと数年前から疑いを持っていたら、医学部に入学した学生、つまり医師国家資格試験の受験者の母集団そのもののゲートコントロールが行われていたことがバレました。みんなが薄々そうじゃないかなとささやいていたことに、エビデンスが現れた。それを医学関係者は「必要悪だ」と言うんです。

帆士: 「必要悪だ」と言うということは、中にいる人たちは変えるべきだという意見をあんまり持っていないということですか?

上野: 意思決定権を持っている人たちは、変える必要を感じていないのでしょう。

haru.: 芸大でも科によって男女の比率がかなり違っていて、彫刻科などは男性が多い。それって、女性たちが入学するときに彫刻よりも他の科を自分で選んでいるのか、それとも大学側が体力的理由などでそうしているのか、とチラッと考えたことがあります。

上野: 私たち社会学者はそれを選考・採用における「無意識の偏見(unconscious bias)」と呼びます。入試に面接や実技があると、採用する側にアンコンシャス・バイアスが働いて男性が有利になるというのは大いに考えられますね。東大は不公正な入試はやっていないと思いますが、女子の応募者がそもそも増えないんです。応募者がそもそもセルフスクリーニングをやっている。それこそ「数学に向かない女子」と同じで、「彫刻に向かない女子」というジェンダーバイアスがかかっているのかもしれません。

帆士: あると思います、どこでも。

女性起業家の挑戦と壁

haru.: 私の周りでは最近、女性起業家や、影響力のある女性たちが生理用品のセレクトショップを立ち上げたり、女性のためのメディアを立ち上げたりしています。これを一つの流行として終わらせないためには、どうしたらいいと思いますか?

上野:私は、これは流行では終わらないと思います。なぜ起業が成り立つかというと、そこにマーケットがあるからです。購買力に裏付けられたニーズ、すなわちデマンドを、女性が持つようになった。これが最大の理由です。ただ、ここで例に挙がっているのは、どれもニッチ産業です。ニッチ産業は隙間を埋めていくもので、これまで大企業や大組織が動かしてきた大きな資源や意思決定には届いていません。それだけでなく、起業家になるのはどういう人たちなのか。労働市場で有利な人は、あえてリスクの高い起業をする必要がありません。

帆士: それはおっしゃるとおりだと思います。東大生で起業をする人はめちゃめちゃ少ないです。

上野: 歴史的に見ても、起業家の多くは労働市場で不利な外国人や女性たちだということが分かっています。起業は起死回生策なんです。

haru.: 私も6月に会社を立ち上げました。自分が今やっていることや仕事にしっかり価値を付けるには起業が一番いいのかなと思っていますが、なかなか大変です。

上野: 特に資金繰りは大変ですよね。そこが知りたい。ちゃんと投資を回収しています?

haru.: はい。「HIGH(er)magazine」に関しては、 2号目でクラウドファンディングをしました。それと、マガジンやグッズを販売したお金を制作費に回しています。

上野: 毎回、クラウドファンディングをやるわけにはいかないでしょう?

haru.: 毎回とはいかないですね。だから、作ったお金で回して、そのときにできるものを出すという感じですね。このマガジンに関しては、アーティスト活動の一環としてやっているという気持ちがありますし。

上野: アート作品なんですね。今どき紙媒体って、すごくクラシックですね。

haru.: 自分としては、全然そういう気はしません。そのとき私の周りにいる人の個人史をまとめたタイムカプセルじゃないですけど、こだわりのあることを、ものにして残す機能があると思っていて。だから私の場合、紙でないとむしろダメかなと感じています。

上野: 私よりはるかに若い世代の人が、紙媒体に思い入れを持っていることに、とても新鮮なショックを受けました(笑い)。

生命をちゃんと生み出す気持ちになれるか

帆士: この朝日新聞DIALOGのテーマである「2030年の世界」についてどう見ていらっしゃるか、上野さんの切り口でおうかがいしたいです。

上野: 2030年、11年後にはお二人は30代になっていますよね。フェミニストとして希望は持ちたいです。ですが、客観的にその希望を支えるようなエビデンスがあるかというと、あまり見られない。実際に国際比較したら、ここ30年ぐらいの間に、女性が働くことがマストになり、ダブルインカムがスタンダードになってきた。ヨーロッパではとっくに、男性による配偶者選択の条件が女性の稼得力になっています。どうしてかというと、ダブルインカムになると世帯収入がグッと上がるから。それは家計の規模、生活水準、子どもの教育水準など、ありとあらゆるものを変えます。そのことが格差をさらに拡大し、次の世代に再生産されることが大問題だと警鐘が鳴らされていますが、否も応もなくその傾向が出てきています。稼得力が女性の魅力になっているのに、日本の男は遅れています(笑い)。

帆士: それが十年後、十数年後には日本の話になる。

上野: 女性が働きやすい社会をつくってきた北欧社会では、国民負担率を上げて、それまで女性が職場からフェードアウトしなければいけない理由だった、家事、育児、介護を公共サービスが手厚く支える制度をつくりました。それが私としては望ましい方向ですね。日本は超高齢社会になります。年寄りが一人で安全に暮らせる社会というのは、子どもにとっても親を一人で置いておいても安心な社会。これは、親にとっても子どもにとってもベターな社会のはずです。

そういうことをやってきた社会では、出生率が違うのですよ。出生率とは、再生産適齢期の男女が未来に希望を持てるかどうかの指標なのです。未来に希望を持てない人は、妊娠して出産しようなんていう気にならないでしょう。もし本当に社会のサステイナビリティー(持続可能性)を考えるなら、必要な人に再分配して、人に投資し、出産年齢期の男女が子どもを産む気になれる社会をつくってもらいたい、というのが主観的願望です。

帆士: いいですね。子どもをつくりたいと思える社会って、すてきですね。

上野: そう言ってくださってありがとう(笑い)。あなたも父になりたいでしょう?

帆士: なりたくなってきました(笑い)。

上野: 自分と同じような生命をちゃんと次の世代に生み出す気持ちになれるかどうか。人口現象とは、個々人の意思決定が合成した集合現象なのです。出生率が低迷しているということは、その世代の人たちがマスとして、将来に希望を持てないという答えを出しているとしか解釈できません。子どもを産んで育てる気になれる社会になればいいな、と私は思っています。これは希望的シナリオね。悲観的シナリオは、もはや手遅れ(Too late)というもの。

帆士: どうしようもないってことですか?

上野: 私は、あなたたちのような年齢の人たちには、こう言っています。「日本は沈みゆく泥船。巨艦沈没と運命を共にするのは船長だけでいい。あとから入った若い乗組員は、早めに逃げたほうがいい」って。泥船と運命を共にする必要なんかない。なぜかというと、旧来の「男性稼ぎ主型システム」に手を付けようとする人たちがほとんどおらず、無為無策で、過去のモデルに固執してきたツケが、30年後の今、回ってきているからです。これから立ち直ろうと思ってもToo lateかもしれない。そうなると、最終的には、日本が再び二流国家に落ちぶれて、小国になっていくというシナリオは大いにあり得るでしょう。

帆士: それは、時すでに遅しかもしれないという話ですよね。さみしいシナリオだけど、かなり現実味のある話ですよね。

上野: そうなると、集団の生き延び方を考えるよりも、個人の生き延び方を考えるほうが、優先順位が高いかもしれませんね。日本に限らず世界のどこででも、何とかして生き延びていってほしい。

帆士: そんな状況の現在ですが、もし生まれ変わるとすれば男性がいいですか、それとも……。

上野: どちらだと思う?

帆士: 女性かな(笑い)。上野さんが東大の入学式で主張を述べることができるようになったり、女性が会社でお茶くみをしないのが普通になったり、女性を取り巻く環境は少しずつ良くなっていると、今日うかがいました。再び女性として生まれて、いろいろ体験してみたいのでは?

上野: 大当たり!(笑い)

インタビューを終えて

DIALOGの学生記者の溝口恵子です。インタビューに同席していて、上野さんの「怒り」のパワーに圧倒されました。今まで、怒ることは感情的で良くないことだと思い込んできましたが、上野さんが論理的に怒る様子を見て、「あっ、怒ってもいいんだ」と気づきました。それまでは、今の状態をなんとなく受容し、「当たり前」に対して疑問を持っていなかったのだと思います。私たちにとっての「当たり前」が本当に正しいのか、というクエスチョンを常に自分の中で持つようにしたいなあと思いました。

では最後に、インタビューした2人の感想をご紹介します。

一筋の希望の光をたぐり寄せて(haru.)

人が時代をどう生きていくかは、その人次第なのだと思いました。

上野さんは闘い続けています。「フェミニストと名乗ることが『ブスのヒステリー』と呼ばれた時代があったなんて、信じられないでしょう?」。上野さんのその言葉を聞いて、自分の活動がいかに先人たちの闘いがあってこそなのか、改めて思い知りました。

いくつかの日本の未来があるとして、その中でも最悪のシチュエーションは、日本という船が世界に取り残されて沈没してしまうこと。最悪だけど、そんな未来がたびたび頭をよぎります。上野さんは逃げてもいいとおっしゃいました。でも、逃げたくても逃げられない人たちはどうなるのでしょう。闘っている仲間たちだって、そこにいます。私はまだ逃げられない。一筋の希望の光をたぐり寄せて、今日も私はサバイブします。

「当たり前」は存在しないことに気づかされた(帆士大貴)

上野さんとお話しして、男女の扱いの差が無意識に形成されてしまっていることがよく分かりました。僕は共働き家庭で育ったので、専業主婦家庭で育った人と比べれば男女平等には理解があるほうだと思って、今回、参加しました。ただ、その認識は甘かったと、最初の10分間で痛感しました。

僕はこれまで育休を社会的にバッドなステータスだと捉え、その負担は女性が負うべきだという考え方に疑問を抱いていませんでした。また、男性にしかできない仕事/女性にしかできない仕事がある、という認識も持っていました。いずれも甘かったと思います。諸外国と比べて、いかに日本が現実に目を向けてこなかったかということも初めて知りました。

上野さんは、自分の思想が抑圧される世界で生き、社会のおかしさを指摘してきました。決して一本道ではなかったと思いますが、壮絶な闘いの人生を歩んできた彼女の言葉は、どれをとっても重いものでした。いわゆる優等生な人生を送り、既得権益を享受してきた僕にとって、「当たり前」などというものは存在しないということに気づかされるきっかけになりました。

最後にDIALOGの学生記者たちと記念撮影

【プロフィル】
上野千鶴子(うえの・ちづこ)
社会学者/東京大学名誉教授/認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。1948年、富山県生まれ。専門は女性学、ジェンダー研究。この分野のパイオニアで、指導的な理論家の一人。高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。近著に『女ぎらい ニッポンのミソジニー』(朝日新聞出版)。

haru.(はる)
アーティスト/「HIGH(er)magazine」編集長/株式会社HUG取締役。1995年、仙台市生まれ。10代のうち、6年間をドイツで過ごした。東京芸術大学卒。在学中に「HIGH(er)magazine」の制作を始め、2019年にHUGを起業、アーティストのサポートとプロデュース事業も手掛けている。

帆士大貴(ほし・ひろたか)
1995年、神戸市生まれ。東京大学経済学部卒。イギリス留学後、株式会社リクルートホールディングスを経て、外資系コンサルティング会社に入社。株式会社POTETO Media事業戦略室長も務める。パイロットを志し、12月に航空大学校に入学予定。

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