DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル

滲む光で時間の経過を紡ぎ直す落合陽一個展「情念との反芻 ―ひかりのこだま、イメージの霊感―」

Written by 森松彩花 with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 石黒シエル

メディアアートをはじめジャンル横断的な活動を続ける落合陽一さん(32)の個展「情念との反芻はんすう ―ひかりのこだま、イメージの霊感―」が、東京・銀座で開かれています(10月12日まで)。今回の展示の中心は、半世紀前に製造されたレンズで撮影した写真作品です。デジタル世界で活躍する落合さんがアナログ的な表現を通して考えることとは何か。9月に開催されたプレス内覧会を取材しました。

たまたま出合ったオールドレンズ

落合さんの写真展は今年、これで2回目。1月に開かれた「質量への憧憬しょうけい」展は、デジタル表現では残せなかった、びたり朽ちたりした「質量感」をテーマとしていました。それに対し、今回の個展では「情念との反芻」という謎めいたタイトルを掲げています。オールドレンズがもたらすボケやにじみといった物理現象に着目し、「僕の持っている情念と光と物理現象をひたすら反芻した末に出てきたもの」と落合さんは明かします。

展示されている写真作品20点はすべて、1966年に製造されたライカ社のレンズ「NOCTILUX-M 50mm f/1.2 ASPH. 」で撮影されています。落合さんが今年、たまたま入手したもので、持っているオールドレンズの中でも特異な描写をするそうです。本来の描写特性なのか、それとも経年変化によるものなのか判然としませんが、ハレーションが強く、「光が爆発したんじゃないか、という感じ(の写真)を撮ってくる」(落合さん)。

撮影に使用されたオールドレンズ

海外や地方に出かけることが多い落合さんにとって、このオールドレンズは新たな旅の相棒になったようです。今回の作品の多くは、旅先で心が動いた風景を撮影したもの。オールドレンズによるボケや滲みが、どこかノスタルジックで、時空間を超えた情景といった印象をもたらしています。「最近は、戦前からの時間経過を紡ぎ直すことに興味があって、それは音楽会の演出や『質量への憧憬』展にも通底している」という落合さんの思いと、オールドレンズの個性的な描写とがあいまった結果なのでしょう。

メディアアートを写真で記録

オールドレンズによる撮影とともに、今回の個展に向けて落合さんが新たに試みたことがあります。プラチナプリントという古典技法による制作です。画像を印画紙に定着させる際にプラチナ(白金)を用いる技法で、画像が数百年間、劣化しないと言われています。デジタルテクノロジーを駆使するメディアアーティストが、なぜ古典技法を使ったのでしょうか。

落合さんいわく、ある時期のテクノロジーを駆使したメディアアートは、テクノロジーの進化によって「死んで」いきます。例えば、ブラウン管による映像を使ったメディアアート作品は、ブラウン管の寿命が尽きた現在では、作品として機能しません。結局、メディアアート作品を後世に伝えるには、写真で記録することが必要になるというのです。

プラチナプリント作品の解説をする落合陽一さん

今回は、プラチナプリントによる3作品が展示されています。いずれも落合さんが制作したオブジェを撮影したものです。フジツボが付着した海洋プラスチックや流木を素材としたもので、テクノロジーを駆使したメディアアートではありませんが、時間の経過とともに劣化していく運命を共有しています。だからこそ、耐久性の高いプラチナプリントによる記録を残したい、と落合さんは考えたのです。

ロボットがアナログな作業を繰り返す

会場でひときわ目を引くのが、ロボットアームの立体作品『情念との反芻』です。ロボットアームがスライドプロジェクターをひとコマずつ動かし、遠隔操作でシャッターを押す器具を使って複写していきます。昔ながらのフィルムによるスライド写真を、ロボットがもう一度、写真に撮り直すという展示です。たゆみなく同じ作業を繰り返すロボットアームの動きを「客観的に見るのが面白い」と感じて制作したそうです。撮影時にオールドレンズがもたらす光の滲みの調整を繰り返す落合さん自身の姿を、ロボットアームの動きに重ねた作品とも言えそうです。

『情念との反芻』

最後に、今回の個展のメインとなる3作品を紹介します。
『桟橋の記憶』 は、岡山県の鷲羽山わしゅうざん で撮影した1点。落合さんは「自然に負けていくインフラや退廃していく日本といったものに心を動かされる」と言います。

『桟橋の記憶』©Yoichi Ochiai

『複製画の村の少女』の撮影地は、中国・深圳にある、名画を複製するビジネスで知られる村です。「ルーブル美術館などにある絵画は、18世紀にInstagramがあったら、貴族たちがあげていそうなイメージ」(落合さん)。そのイメージを、複製画の村の画家たちはインターネット上の画像をもとに手描きしています。イメージとメディア、アートの交錯したコンテクストに、落合さんはひかれているようです。

『複製画の村の少女』©Yoichi Ochiai

『湿った光に絡みつく情念と自然』は香港で出合った風景です。歴史的にも現在進行形で複雑なコンテクストを持つ香港という場所で「情念がこもった風景を切り出したかった」と語ります。

『湿った光に絡みつく情念と自然』©Yoichi Ochiai

「風の谷のブレードランナー」の情景

落合さんにとって香港は「多国籍で雑然としていて、光が少しほこりっぽい。美しい場所もあれば汚い場所もある。そして、緑豊かな自然もある」街です。そのイメージを端的に表現したのが「風の谷のブレードランナー」という言葉です。落合さんの造語で、アニメ映画『風の谷のナウシカ』と映画『ブレードランナー』を足して二で割った世界観を表しています。それは、「高度に機械化・電子化されたネット社会の裏で、退廃しているけれど誰かの思念が残っている、解像度の裏に隠れてしまった風景」です。たまたま出合った不思議なオールドレンズを通して、時間と空間の新たな切り取り方に挑んだ落合さんの作品が、観客に新たな物語を生み出すのでしょう。

落合陽一写真展
「情念との反芻 ―ひかりのこだま、イメージの霊感―」
会期: 2019年9月5日(木)~10月12日(土) 日・月曜定休
時間: 11:00~19:00
会場:ライカプロフェッショナルストア東京(東京都中央区銀座6-4-1東海堂銀座ビル2階)
入場料:無料

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