DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル

ジェンダーにとらわれない「自分らしさ」って? 都立西高生と仏漫画『ナタンと呼んで』原作者の対話

Written by 古畑航希 with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 石黒シエル

フランスで昨年出版され、大きな話題を呼んだバンド・デシネ(仏語圏の漫画)があります。今年邦訳された『ナタンと呼んで 少女の身体で生まれた少年』(花伝社)です。13歳の夏休み、主人公のリラ・モリナは自身が女性の体であることに違和感を持ちます。苦悩に満ちた中学・高校時代を過ごし、ホルモン治療や性別適合手術を受け、ナタン・モリナとして生まれ変わります。心と身体の性が一致した喜びやそれでも変わらぬ疑問などを抱きながら大学に入学するまでの日々を描いた一冊です。このほどフランス大使館の招きで原作者の雑誌記者、カトリーヌ・カストロさんが来日し、10月16日に東京都立西高校(杉並区)の生徒たちと対話をしました。会場には生徒約30人が集まり、作品の感想とともにジェンダーや自分らしさをめぐって活発な意見が交わされました。

LGBTのリアルを伝える

石田きなり(1年): 自分から公表していないだけで、LGBTの人はたくさんいると思います。なぜこの主人公を取材しようと思ったのですか?

カストロ: たまたま、ナタンのモデルとなる人に出会ったんですね。とてもカリスマ性があって、明るくて気が合った。それでこの物語を書こうと思いました。ひとくくりにLGBTといっても一人ひとり違います。ナタンのように非常にうまくいっているケースは少ないと思う。両親との間に問題が起こってしまうケースも多いと思います。

林啓樹(1年): ナタンが女性の体であることに苦しんで、手首を切る場面があります。バンド・デシネという絵を中心とした作品で、リストカットなど過激な表現をしたことにはどのような意味があるのでしょうか?

カストロ: 物語の中に暴力的で激しい描写があるのは、ナタンの生きている状態が、本人にとって激しいものであるということを伝えるためです。頭の中は男の子なので、女の子の体であることを受け入れられず、むしろ自分の体を憎んでいるわけです。男の子が女の子の格好を強制されたら嫌だと思いますね。それと同じことが起こっているんですよ。ナタンのモデルになった人に聞いたけど、手首を切って血が流れるのを見ると、自分の中にある苦しみが血とともに流れているような感じになるそうです。それでまたやりたくなる。依存症になってしまうそうです。

男子(1年): ナタンが「男って何なんだろうな?」とつぶやく描写から、性別って何なんだろうって思いました。カストロさんはどう思いますか?

カストロ: 生物学的な体の違いはありますよね。そのほかは社会的な概念で、男あるいは女は「こうでなくてはいけない」とされているのだと思います。ナタンのモデルとなった男の子は、ホルモン注射をして筋肉が増え、体毛が濃くなりました。それを喜んでいたら、祖母から「それだけ男の子っぽくなったのだから、大工仕事をやってね。あそこに釘を打って」と言われたそうです。そのときに、男はこうしなくちゃいけないという考え方があることを感じたそうです。だけど、彼自身はそんなふうに思ってないし、私も同じです。

大津颯人(2年): ナタンは髪を切ったり、ホルモン注射をして筋肉を増やしたり体毛を生やしたりします。固定観念のなかの男性に近づこうとしているのだと思います。社会が男女の格差をなくそうとしているなかで、LGBTの当事者が社会の生み出した固定観念に近づこうとしていることに矛盾を感じました。

カストロ: その通りだと思います。トランスジェンダーの人でも、筋肉や体毛がなくてもいいという人もいれば、男性的な状態になりたいと思っている人もいる。女の子の体だったときのナタンの立場になってみたら、男の体になってみたいという思いも分からないではない。でも、社会から与えられた「男らしさ」を含めた形で男になりたいという意味では、矛盾を含んでいると思います。

池本穂果(2年): この作品でLGBTの問題を取り上げて、特に読者に伝えたかったことは何ですか?

カストロ: この本を通して伝えたかったことは、トランスジェンダーだけではなくて、自分自身が自分らしくあるのは簡単ではないということ。ときには、一生をかけて闘わなければいけないこともあるということですね。

主人公の苦しみは、みんなにあり得ること

和泉彩果(3年): ナタンは自分の望む姿でいるために、たくさんのものと闘ったと思います。私も学校で生活しているなかで、本当の自分らしさって何だろうと悩みました。ナタンが自分自身を貫き通したことは、本当にすごいことだと思いました。

カストロ: そうですね。この物語はLGBTについて語ってはいるけれど、みんなが感じていることを物語っていると思います。自分らしくあるという自由を得るためには、かなりの代償を払わないといけない場合もある。例えば、ナタンが身体を変えたように。自分の内側にどんな世界があるのかは、他の人は想像できないですよね。この物語は、ナタンの内側に入っていって、ナタンの苦しみを表しているけど、それぞれの人にあり得ることです。ときには、自分らしくあるのが難しいから病気になってしまったり、ナタンのように自分を傷つけてしまったりすることもありえますよね。大人でもそうです。

光辻悠馬(1年): カストロさんは、今までの人生を自分らしく生きてきたと思いますか?

カストロ: いつもそうではないです。自分の年齢を考えると、やりたいことは今、やらなきゃいけないなと思っています。もし、私がみなさんの年齢に戻れるなら、違う人生を歩んでいたでしょう。もう少しリスクを取って生きたかなって。私が諦めたくないのは、自分自身が不自由になることを受け入れないということです。だから、自由を放棄しなくてよいジャーナリストという仕事を選びました。できれば映画も作りたかったんですが、やらなかった。やっておけばよかったと思っています。

約1時間半の対話を終えて、カストロさんは生徒たちにメッセージを送りました。

カストロ: みなさんが「自分らしくある」ということを期待しています。自分らしくあるためには、勇気と力が必要です。その両方を持っていただけるようにと望んでいます。

カトリーヌ・カストロ Catherine Castro: パリ・ソルボンヌ大学で歴史学を学ぶ。その後、仏女性誌『マリ・クレール』の記者に。20代の息子2人の母親でもある。

pagetop